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「つきあう」ってなんなのかわからなくて

「つきあっちゃおっか」と言われたのはJR横浜線の車内でした。座席が全部埋まるくらいに混んでいた、平日の夕方でした。私がその直前「好きなんです」と言ったのです。

高校1年生の秋のことでした。文化祭実行委員で同じ係をするうちに、先輩のことが気になり、姿を見かけたり話したりするだけで、どきどきするようになっていました。もっと傍にいたい。もっと私に構ってほしい。「好き」になったのだと自覚しました。当時の私は、「好き」というマスに止まったら、また次のマスへコマを進めなければならないと思っていました。即ち「告白する」とか「告白しない」とか。「つきあう」「つきあわない」とか。とはいえ「つきあう」というのがどういうことがわからなかったので、「つきあってください」とは言えませんでした。でも気持ちを抑えきれずに、高校からの帰り道で、「今しかない」と思って伝えたのが冒頭のひとこまです。


あの頃は完全に白黒思考でした。不安定なままではいられなかったのです。自分の気持ちにも、関係にも。「好き」を自分の内に認めて告白せずに、感情を温め続けようとか、思いを態度で示そうなんて、考えがなかったのです。言われた方の気持ちを考えもしないで、当たって砕けろ、と思っていました。

つきあったら、恋人同士になったら、それっぽいことをしなきゃいけないと思っていました。デートするとか、手を繋ぐとか。キスするとか抱き合うとか。記念日を一緒に過ごすとか、一緒に帰るとか。「つきあう」行為は私の中で形骸化して、物理的に相手との距離を縮めることなのだと思っていました。その根本である相手を大切に思う気持ちや、相手を受け入れる姿勢を置き去りにしたまま、「そういうこと」だと錯覚していました。しかしながら私がしたかったのは相手と手を繋いだり、ましてや抱き合ったりすることではありませんでした。だから、困っていたのです。気持ちに「好き」と名前をつけて、それを相手に伝えて、私はその先で何がしたいのか、何ができるのか、わからないままだったから。この気持ちをどうすればいいのか。

あの頃の心理状態から言葉にすれば、スキンシップではなくて、頼る相手がほしかったのだと思います。全幅の信頼がおけて、受け入れてくれる相手。現状で自分が抱えている問題を解決してくれる相手。少なくとも問題を分かち合って、味方でいてくれる相手がほしかったのです。恥ずかしいほど、他力本願ですけど。


もっと親しくなりたかった。もっとお互いのことを知っていきたかった。「つきあってください」を、「もっとお互いを知っていきませんか」と変換すればよかった。「好きです」とか「つきあって」なんて漠然とした言葉じゃなく、「今度二人で映画観に行きませんか?」とか、具体的に言えれば、たぶんもっとスムーズだった。そうすれば、自然と頼り頼られる関係に近づけたかもしれないのに。「ここまではできるけどここからはできない」、の練り合わせができたかもしれないのに。お互いの求める関係性の擦り合わせができたかもしれないのに。成果や形を焦りすぎていました。お互いに初めてだったので、わかっていませんでした。関係は、すぐに築けるものではないってこと。


もっと時間をかければよかった。じっくりと相手を見て、自分を見て、もっと会話を重ねて、わかりあっていけたらよかった。ゆっくりと、二人での時間をただただ大切に過ごせばよかった。結局、先輩とは一度映画を観に行って、「やっぱり先輩後輩に戻りたい」と、わがままに気持ちを伝えました。恋人でいた期間にしてほんの3ヶ月。どこまでも不器用で、大切に仕方がわからなかった。相手のことも。自分のことも。どう扱っていいかわからなかったのです。


その後も先輩が卒業するまでは、校内で姿を見かけてもギクシャクとして、後味の悪さが残りました。自分から蒔いた種ですが、苦い思い出となりました。でもその数年後、今度はバイト先で、懲りずにもまたつきあったり別れたりがありました。徐々に、「大切にしたい関係は、時間をかけた方がいい」と思うようになりました。性急になる必要はなく、居心地のよさを感じているのなら「恋人」や「つきあう」といった言葉に自分たちを押し込める必要はないのだと。友達みたいな恋人もアリだし、恋人よりわかり合える異性の友達も存在するのだと。相手といて楽しいとか、自分が自分らしくいられることのなんと心地いいことか。関係を定義するよりも大切なこと、守るべきものがあるのだとわかってきたのです。


そんな気付きがあったから、という訳ではありませんが、夫とは「つきあってください」も「結婚してください」もどちらからもなく、現在に至ります。恋愛も、その他の対人関係だって、生身の人間を相手にしていたら教科書通りにはいきません。傷つけたり傷ついたりしながらも、実践して得る学びは多いなぁと思うのです。

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