見出し画像

コロナ禍の駐在員が、犬を手放す事情 【ADHDは荒野を目指す】

 8-24.

 ADHDであるために、日本社会に馴染めなかった僕は。

 バックパッカーとして二十代を過ごした後、台湾人女性と結婚したのを機に台北に移住、日本人向け学習塾を開業。
 その後十年近くの間、順調に黒字を上げ続けます。

 しかし、台湾人妻と離婚することになり。
 さらにその数年後、自己管理の出来なさの為に、元妻の家族によって三千万円を超える資産や、会社の権利等、全ての物を奪われてしまう。

 それでも、親からの借金を元手に、どうにか生活を立て直し。
 大手塾に裏切られたり、不法就労中に調査員に踏み込まれたりなどの紆余曲折はありましたが。
 一年半後には新たな塾を創設、軌道に乗せることが出来ました。

 元妻の家族相手の裁判は、会社ごと奪い取られてしまっていたため必要な証拠全てを相手に握られてしまっていたこともあって、完全な敗北。

 折しも、父の死という出来事もあり。
 それ以上の抵抗を諦め、心機一転、新しい生活を始めようと決め。

 穏やかな日々を得ますが。

 コロナ禍が始まってしまう。
 リモート以外の仕事がなくなった僕は、暇を持て余しますが。

 そこで、犬を飼わないか、という話が舞い込んで来ます。


 台湾はペット大国です。

 少子化は日本以上のスピードで進んでいる一方で、ペットの数は急増しており。
 今や、登録されている犬猫の数だけで、台湾全体の子供の数を越えているほど。

 そこらじゅうにペット用品店、ペットホテルがある。


 ただ、僕にもたらされた話は、そんな台湾人の犬のことではなく。
 日本に帰国することになった、駐在員一家の犬です。

 そもそも、犬は家畜扱いであり。
 国際移動に関しては、厳重な検疫が行われます。

 しかも、台湾では数年前に狂犬病が発生してしまったことがあり。
 日本と台湾の間で、犬を移動させるのは、簡単なことではありません。

 台湾から同じ飛行機に乗せて連れて帰った犬が、長期間空港にとどめ置かれ。
 全ての検査が終わり、やっと家族に引き渡されたのは、半年も後だった――という話もあるぐらい。

 勿論、あらかじめ前もってちゃんと準備をしていれば、そんなことは起きません。
 面倒な手続きこそあれ、一緒に飛行機に乗り、一緒に入国することが出来ます。


 とはいえ。
 どんな犬でも、どんな飛行機にも乗れる、という訳でもない。

 日本や台湾の航空会社の場合、犬を客室に入れることはありません。
 貨物として、貨物室に入れます。

 その為、長時間人の目から離れますし。
 慣れない環境で、爆音にさらされる。
 その上、犬にとっては、温度が上がり過ぎることがある。

 犬には相当にストレスのかかる状況で。
 当然、何らかの事故が発生することがあり。

 特に長時間フライトとなる国際便では、そもそも犬の輸送はお断り、という航空会社が多い。

 それを認めている会社であっても、特に夏の間は、暑さに弱い犬種は断ることが多い。

 高齢で健康状態に問題のある犬は、そもそも断られるもの。


 だから、犬の国際輸送は、そもそも簡単なことではないのですが。

 そこに、このコロナ禍です。

 日本台湾間の国際便が、大幅に減少――ほぼ皆無になってしまったのです。

 そもそも少なかった、犬を乗せてくれる飛行機が、最早殆ど存在しない状況になってしまったのです。


 そんな中で、犬を飼っているある駐在員一家が、会社から日本帰国の辞令を受けてしまうのです。

 社員の子供の進学事情などは考慮してくれる会社も、流石に犬の事情までは考慮してくれない。

 その一家は、急いで日本行きのフライトを探しますが。

 季節的にも、犬種的にも、今後数か月は、その犬の輸送は不可能でした。

 けれども、駐在員一家が転勤を拒否することは出来ない。



 そして。
 前述の通り、台湾のペット産業は急成長中です。

 その分、当然、トラブルは多く発生し。
 何らかの事情で犬が飼えなくなった人が、犬を捨てるケースは多く起こってしまいまいます。

 マイクロチップを埋め込むことは、既に二十年以上に義務化されていたのにも関わらず、殆ど実行されていません。

 一方で、台湾の場合、数年前から、『ペット殺処分ゼロ』を掲げるようになっている――そしてこれは、きっちり実施されている。

 その結果――保健所にあたる機関は、捨てられた犬がどんどん増える一方であるため、新たに犬を保護することが出来なくなっている。

 そうなると、ペットを捨てる人は、文字通り捨ててしまう――野原に放ってしまうのです。

 元々台湾は、野良犬の多い場所で。
 僕も、日本人の多く住む天母地域でも、幾つかの野犬の群れを見てきましたし。
 涼しい祠やコンビニに勝手に住み着いている犬なんかもいました。

 台北中心部ですらこうなのですから、地方都市には、さらに多くの野良犬がいたものです。

 そもそもそんな状況である上に。

 近年のペットブームと、殺処分ゼロ政策の為に、さらに大量の捨て犬が加わり。
 ろくに避妊もされていないため。

 今や、台湾全土に、二十万頭もの野良犬がいる、という統計結果も出ており。

 糞尿による衛生状態の悪化、狂犬病の恐怖に加え。
 中には、農作物を食べられたり、鶏が襲われたりする被害も出ているそう。

 動物愛護精神と、人々の暮らしとの折り合いが、うまく取れていない状況であるように思えます。


 そんな台湾で。
 犬を日本に運べないその駐在員一家は。

 良い時期になるまで、犬を預かってくれる人を探しますが。

 犬を預かってくれる機関は、どこも満員。

 駐在員仲間も、いつ転勤があるか分からない上にこのコロナ禍では、そう簡単にそれを受け入れられない。

 台湾人ではなく、日本人に預けたい。


 そういうことで。

 回りまわって、駐在員ではない僕に、その話が回って来たのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?