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例えばその人が私を好きじゃなくても、私がその人を好きで幸せだと思えた記憶⑴

同性(ナナ)を好きになった私

私が本当に、恋愛感情的に?(片想いで)好きになったことのある、1人の女性(仮に“ナナ”と呼ぶ)との事について話そうと思う。

私の生物学的な性別は女性だし、性自認も女性だ。
だから、もし、同性に対して単純に恋愛感情や性的なものを求めているんだとしたら、今の世の中的にいえば、LGBTQの中に入るのかもしれない。

でも、私にはよくわからない。

なぜなら、私自身の内面を見つめ直した時、女である自分以外に、当時は自分自身が生き残るために無意識につくりあげた“人格”の存在を否定出来ないからだ。

その中には、性自認が女もいたし、男もいた。子供もいれば、主人格の私より年上の大人もいた。年齢不詳や性別の分からない者もいたから、彼女を想っていた私は、同性愛者なのか?(今は男性である夫と結婚しているから、男女どちらも愛せるのか?)人格の中の男の子も想いを寄せていたから、異性愛に当てはまるのか?実のところ、よくわからない。

ハッキリはしないけど、私の人生において、そこをハッキリさせるのは、とくに重要では無いので、曖昧ではあるが、そのまま生きてきたし、これからもとくにハッキリさせることは無いように思う。

大切なのは、ナナと出会えたことで、私の人生に光みたいなものが当たったこと、生きることに意味が生まれたこと、その当時の気持ちとは違うけれど、今もお互いに大切な友人同士であることだから。

彼女とは、10代の時からの付き合いだ。(幼なじみとかでは無い)
私の記憶が曖昧で、初めて会った時のシュチエーションは、よく覚えていない。
だから、そんなに直ぐにそういう気持ちになった訳では無い。
居るのが当たり前で、居心地が良い関係だった。

気がついたらいつも一緒に居た。

好きなものが似てて、何となく性格も合った。そんなふうな、なんとなくの友人。

付かず離れずの関係の中で、互いに一緒に、時には別々になんとなく成長して大人になっていった。

『好きな人』を言い合ったり、どうしたら良いか?一緒に考えたり悩んだりしてたけど、私たちはあまり、お互いの考えを押し付け合う質じゃなかったから、良くも悪くも、取り留めなく、正解やオチの無い話ばかりしていた。

私は、高校を卒業した後、1度就職したけど、学校生活と社会人生活のギャップや忙しさ、高校の時は通う時間が取れたカウンセリングに通いにくくなったこと等、色々と積み重なって鬱と不安の状態が酷くなり、たった2ヶ月程で退職することになってしまった。

当時の課長から、「楽な部署に変えて異動したっていいんだよ、高校の後輩だって、この会社に就職するだろうに、先輩として示しがつかないんじゃないのか?」
と、諭されて退職をとめられたけれど、もう私自身が、大人になる為の背伸びをするには、無理で限界だった。

モラトリアム(猶予期間)がない気がした。
子供の時だって、かなり背伸びをしてきたのに、まだ背伸びを強要されていて、半ば燃え尽きのような状態になってしまった。

勉強ができて、うちにお金があったら、例えば専門学校とか、大学とか…すぐに社会人にならなくても、なる為の肉づけをすることが出来たんじゃないのか?と、殆ど逆恨みなのでは?というくらい、両親に対する恨みとか憎しみみたいのが、湧きだしてて、その癖不甲斐ない自分のことも責め続けていて、真っ暗なトンネルの中を生きてるみたいだった。

専門学校に行ったナナ、ナナ以外の友人たちとも、中々会えなくなって、とても寂しかった。

それに、学生になることを選んだ友人たちは、高校ではそんな色気のある話なんてなかったのに、いつの間にか、ただ憧れるだけの片想いとかじゃなくて、デートに誘ったり誘われたりして、恋人関係になってくような大人の恋愛をし始める人なんかも現れだして、私は益々取り残されて、置いてきぼりで、男性恐怖や対人恐怖で…
孤独感ばかりが、極まってきてしまっていた。

たまたま、ナナは恋愛に奥手で、たまたまそういう浮いた話もなくて、たまたま取り残されてしまったどうしで、たまたま時間が空いたときに、せっかくだからと、会ってご飯やお茶を一緒にして、一緒に遊んで、段々と共有していく時間が多くなった。

私は仕事を辞めてから、カウンセリングとカウンセリング室から紹介された心療内科と、カウンセリング室が独自にやっていたリハビリのようなプログラムに参加して、通うことで、何となく時間を埋めていたけど、ハッキリ言って、無職には違いなくて、当時は今ほど精神的な問題が問題視されていなくて、学生でもなく、仕事をしてる訳でも無い人間は『ダメ人間』のレッテルを貼られ易くて、そもそもの私の自己肯定感も正直ほぼゼロかマイナスの状態で、私は自分がなんなのかわからず、とりあえず、毎日死にたかったけど、そういう訳にもいかなくて
言い訳的に、誰かに今何をしているか?聞かれた時は、『家事手伝い』とか『フリーター』とか言って、嘘をついて誤魔化して取り繕う日々だった。

でも、ナナには、本当のことを言っていた。
ナナは、重い話すら、普通に受け取ってくれた。
「そういうの、なんだかわかる気がする」
とか、言って。
上辺じゃないと思った。付き合いも長いから、適当なことをナナが言えば、私はわかる。
もしかしたら、私がそういうのを見抜くのを、ナナはわかっていたから、嘘偽りなく、真摯に答えてくれたのかも知れないけど…

⑵に続く。

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