見出し画像

映画館は防空壕 [#映画にまつわる思い出]

映画館は特殊な空間だ。暗くて静かで大きな空間に、良いもの観たさに様々な人々が集まる。上映中は誰かに話しかけられる心配もないし、かといってたったひとり取り残されたような孤独感もない。日常の喧騒や人付き合いの煩わしさといった現実の刺激を遮断してくれる防空壕の様な場所だと思う。私も高校生の時にこの防空壕にお世話になった。

高校生活は最悪だった。なんだかずっと鬱屈としていた。なんとなく地元の進学校に進んだのはいいものの、進学校とは何たるかをその時は知らなかったのだ。おおかたの生徒は想像以上に勉強が好きだった。それに成績が下がることを極度に恐れてもいた。面白いことないかなーと日常の中にエンタメを見出そうとすることが生活のテーマだった自分にとって勉強の話はそれほど面白くなかった。「勉強してる?してない」の牽制のやり合いにも飽き飽きしていたし、前提認識とされている「良い大学へ行きたい」という気持ちもよくわからなかった。「だからなんだよ。」とずっと思っていた。

部活もうまくいかなかった。1年生の冬には辞めていた。「ドカベン」や「明日のジョー」、「プレイボール」などのスポ根漫画を愛読して育ち、努力と根性という脳筋思考を深く内面化していた私にとって、帰宅部という属性は強烈なコンプレックスを植え付けるには十分すぎた。「何も頑張れてない俺クズじゃん。」と毎日思っていた。だから、夕方に授業が終わると一目散に教室を飛び出し、校門の裏道を通って部活勢の人達に見られないように帰っていた。何か頑張らなければと思い血迷って新聞配達を始めたりもした。今考えれば、何をそんなに焦っていたのか、とも思うが、、、。

勉強にも身が入らず、帰宅部に誇りも持てず、惰性で学校に顔を出しているだけの私の成績は学年280人のうち下から5番くらいの位置を横ばいに推移する様になり、学校も休み出す様になった。一旦は登校しようと家を出るのだが、自転車を漕いでいる途中に無意識に学校を避けてあらぬ方向へ勝手に体が進み出しているのだ。

平日の昼間に高校生がのびのび出来る場所などそんなにはない。人混みが個人の存在の濃度を希釈してくれる都会ならまだしも、山間の田舎町だ。「君、こんな時間に何してんの?」と聞かれそうで怖い。そんな状況下での映画館は考えうる限り最高の名案だった。

暗い映画館に入って上映が始まった時、もうこれから2時間はくだらない自意識とも向き合わなくて済むのだと思うととても安心した。動物のドキュメンタリー映画を観ながら涙が流れてきた時には驚いた。「こんなテンプレみたいな泣き方して、自分めっちゃ恥ずいじゃん。」と思ったが、それを咎める人も誰もいなかった。放っておいてくれるのに一人じゃないあの感覚は、映画館という防空壕の中でしか味わえない。誰に言うわけでもないけれど、助かりました。とお礼が言いたい。



#映画にまつわる思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?