「都会」と「田舎」に住む


#かなえたい夢

69年、大阪で生きた。51年、大阪府吹田市千里ニュータウンで暮らした。
新興住宅地で、もちろん戸建ても多いが、府営・市営団地やUR(元公団)・マンション・社宅など集合住宅の建物が林立。
そんなビルディングの町に建つ11階建てURの3階に、長年母と暮らした。

私が44歳のときに母は肺ガンで亡くなったが、一人暮らしになってからも高層団地に住み続けた。兵庫県西宮市から引っ越した新築のビルディングは50年が過ぎ、わが竹見台団地は建て替えることになった。
2017年の年明け、全フローリング・オール電化の真新しい3DKに移るのを、私は心待ちしていた。

ところが……
自営仕事のクライアントがゼロになり、定期訪問というアルバイトも依頼主が脳梗塞で病院に運ばれた。意識がない。3か月経っても意識は戻らない。
好条件・高収入のアルバイトも消滅した。


2017年4月……失業して収入が途絶えた私は、身内を頼って石川県の奥能登へ移住した。
ビルディング風景が田んぼの景色に変わった。

家事を担当するという話がまとまったのに、義兄から後添え(夫婦)を要望され、翌年1月、私は同じ石川県の加賀地方へ再移転した。

田んぼと畑と海と山と川の風景。
お米が大好き。海が大好き。山も大好き。家のすぐそばに川がある暮らしに憧れていた。

でも、わけもなく寂しい。
北陸は雨が多い。金沢では「弁当忘れても傘忘れるな」と言われている。
雪が降る。吹雪も。私が入居した県営住宅は海が近い。風が強い日は傘が差せない。3本傘が壊れた。

大阪で20年暮らしてUターン移住した知人は、北陸は寂しいと言う。大阪で勉強して金沢に帰って開院した接骨院の先生も、大阪へ戻りたいと言う。
奥能登の珠洲市で暮らす実姉が、大阪の我が家によく電話をかけてきて、いつも訊く。
「そっちの天気は?」
「晴れてるよ」と答えると、いつも羨ましがった。

私は、雨や雪は気にならない。北陸の気象がイヤだとは思わない。風が強い日は家に籠っていたらいい。雪が降れば雪見酒ができる。
田んぼの緑が目に心地いいし、川沿いの道をウォーキングするのは健康的。
雲に感動し、水平線に沈む太陽に感激。
道を歩いても人と会わない。道路と空気を独り占め。コロナ騒動の年月は、それが有り難かった。

田舎もいい。地方はいい。
わけもなく寂しかった気分・感覚も、次第に消えていった。


でも……
たまに金沢の街を歩くと、気分がウキウキする。
新大阪駅の人混みが、わけもなく嬉しかった。
私はやはり都会が好き。
超高層のベランダからビル群を眺めながら、コーヒーを飲みたい。

どんどん好きになっていく田舎の風景のなかで、目覚めたとき、わけもなく寂しいと感じる朝もある。
誰も歩いていない田舎道を一人で歩きながら、「なんだか寂しい」と思う日もある。

そもそも自ら望んで、計画して、移住したわけではない。
サンダーバードのシートの足元にキャットバッグを置いて、うんともスンとも言わない排尿も排便もしない優吉に感謝しながら、悲しくて目のなかに涙が溜まった。
大阪に住み続けたかった。千里ニュータウンで暮らし続けたかった。

夢というより希望・願望だが、都会と田舎の両方の環境で暮らしたい。
一年の半々とか、一年交代とか、一年のうちの一時期だけ別の環境地へ行くとか。
楽しいだろうな。
超高層のベランダでビールを飲み、畳の部屋から雪見酒。
人混みのなかを友と歩き、田舎道を独りで歩く。

夢は、ほぼすべて叶った。
希望・願望は、長い年月を要しても、ほぼすべて叶った。

執筆・編集の希望職に就いた、20代前半の若さで。しかも自営、高収入。
不健康な毎夜のお酒を断って健康的に暮らしたいと望んだら、家の近くでテニスクラブを見つけた。
十代のとき西宮市で散歩中に見た名門テニスクラブに憧れ、いつかここでラケットを振りたいと願ったら、50代のとき試合情報を得てエントリーした。
母と有馬の温泉へ出かけて出合ったテニスコートでも、いつかここのコートに立ちたい……と、ちょっと思ったら、試合情報が入ってきた。
こういう経験が沢山ある。

石川県への移住は望んだわけではないが、40代のころ晩年は田舎で暮らしたいと漠然と考えた。だから叶ってしまったのかもしれない。
都会と田舎に住む願望も、叶うかもしれない。80代の後半にでも……。
健康で長生きしなければ(そのころに叶っても住む所はどうでもよくなっているだろう)。

この願望は今でも叶う。
大阪の都心=梅田に近い所に建つ13階建てマンションで一人暮らしをしている友がいる。その友は能登に行きたいと言っている。
能登の身内は古民家の空き家を持っている。都会でも田舎でもない中途半端な加賀の町から9か月ほど在住した能登の奥地へ戻り、1年の半分は友がやって来て一緒に暮らす。1年のうち半分は彼女のマンション(3LDK)で暮らす。
能登は食材がおいしい。スーパーで大好物のフグとタラの白子が安価な値で買えるのには驚いた。彼女が大好きな牡蠣も殻付きで買える。イカ釣り漁船で有名な漁港も近い。

しかし今現在は問題がある。わが家にはネコがいる。道中はキャリーバッグに入れて連れて行けるが、相当いたずらで柱や壁を傷つける。
加賀地方へ再移転後も毎月義兄が車で迎えに来てネコと一緒に能登へ出かけていたが、身内宅は襖も障子もビリビリ、柱も壁も爪痕が。
優吉は今年9歳。友は今年90歳。

10年後ではなく今現在……高層集合住宅のフローリング部屋で、古民家の畳部屋で、パソコンのキーを打ち込みたい。

(予定通り正月に投稿したが、いま能登は大地震で大変な状況。負傷した方々、家屋が倒壊した方々、心よりお見舞い申し上げます。亡くなった方々のご冥福をお祈り申し上げます)

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