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月暈

 月にかさがかかって、綺麗だと思った。久しぶりに外に出てみて、その美しさに圧倒された。夜遅く、あらゆる地面の底から何かもやのようなものが沈黙しつつ、また沸き上がってもいるような日で、遠くの街灯もちらちらと錯綜して見える。 
 
 十五夜。9月の風はこんなに冷たかっただろうか。当時は学校へ行かなくなっても、半年なんかあっという間に過ぎるなんて思っていた。しかし萩野や大寺  ー上の名前は良く憶えていないー  とも連絡が絶えた今、学校というシェルターから完全に追放され、孤独の嵐に打ちのめされている。ことさらに夜は耐えるに忍びない。そうして、今こうやって閑静な住宅街の隙間の、小さな箱庭から空を窺っている。

 月を見上げると、こちらも十五夜の主役ですがと言わんばかりに艶のいい丸顔で暈の後ろから笑っている。それで妙な親近感が湧いて、大声で呼び掛けてみた。「おーい、お前も独りなんだろ。しばらく一緒に話そう。」声は虚しく夜空へも届かず家々のコンクリートに溶けて消えていく。今度は喧嘩口調で呼んでみる。「おい、月、こっち来ないのかよ。所詮ジャイアントインパクトの成り下がりが。」
 
 馬鹿馬鹿しくなって、四肢を投げ出して天を仰いだ。とその時、ポケットのスマホがおもむろに振動を始めた。最近ほとんど着信なんて無かったが誰だろう。電話主を見ると、「夜月」
 
 いやいやいやいや、待て待て待て。さすがに気味が悪くないか。落ち着け、相手は人間じゃない。よく考えれば、言語が通じるかも分からない。それに電話しろとまでは言ってない。そもそもいたずらに呼んだりした俺が馬鹿だった、俺は相当に動揺しながら(拒否)を押した。押してから、再び月を見た。なんかさっきよりも大きくなったような気がする。俺が近づいたのか、向こうが近づいたのか。あれ、暈をかぶってない。ようやく、月暈に見えたのはさっきまで頬を伝っていた水滴  ー 涙のせいだったと気がついた。
 
 「どうだった?」電話をかけた萩野夜月やづきの表情でその場にいたクラスの皆が察した。「しょうがない、十五夜のクラス月見会はあいつ抜きでやろう。」 夜月も、「まあいくら旧友といえども、半年間かかって来なかった相手から来たらビビるよな。」と寂しげに笑った。「アイツは忘れっぽいから、俺の名前も忘れてるかな?」
 
 今日、2022年9月10日は十五夜。眠れない夜には、皆さんも月を眺めてみてはどうでしょうか。

 


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