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「フ」ライングソーサー

「ぜったいくるもん!」
 シンタロウはイジけた腰を芝生に下ろし、絶対にUFOは来るという頑とした強情さを、その体勢でもって、ユタカに見せつけた。
「わかったわかった。俺はもう帰るから、お前もちゃんと帰れよ。『UFO』に会えたらな。」
 シンタロウの兄であるユタカは帰ってしまった。去りゆく彼の背中を見ながらシンタロウは
『ほんとにユーフォーはくるのに、かえっちゃうなんて!』
と心の中で呟いた。

 児童文学の類のように、少年少女にだけ起こる奇跡的な冒険などというものは、現実世界に存在しない。
 神はいつものようにその、言わば『人間の命運を決める時刻表』のような彼のお気に入りの手帳に、穏やかにゆったりと神のその御心の速度でもって記入していた。

 運命の針は止まった。
 手帳に見えない羽が落ちた。
 そしてまた運命の針は動き出した。

 その時神が綴った文章は、神をも超えた運命の偶然によって、神の意志とは反対の方向へと、記されていた。

 だんだん暗くなってきて、シンタロウの心の中で、UFOを迎える喜びと夜に包囲される恐怖とが戦っている頃、遠く西の方向から円盤がやってきた。シンタロウはこちらへやってくるUFOに大喜びし、そこらじゅうを跳ね回りながら、その嬉々とした熱誠を、天高いUFOへ体現していた。
 シンタロウの前方、地面から十メートルくらいの高さのところでUFOは止まり、その船体の底部が開き、中から鉄製の階段が降りてきた。
 シンタロウが興味深げに眺めていると、船体から宇宙人が出てきた。ゆっくりと一歩一歩階段を降りてくる宇宙人。足から徐々に体があらわになってゆき、宇宙人が全身を晒したその瞬間、宇宙人の体は火の通りやすいように切れ込みを入れたナスのような激しい裂傷を受け、青と緑の体液を放出しながら死んでしまった。
 シンタロウは悲しい気持ちになった。あれほどまでに憧れ、これほどまでに待ち侘びた宇宙人とその円盤。その二つが失くなってしまった。夢や希望などと言った、人生を推進させていく活力を失ってしまうということは、小学一年生のシンタロウには早すぎ、そして重すぎた。
 シンタロウは泣きながら家へ帰った。玄関を抜け、居間の横を通った時、ユタカが「UFOに会えたか?」と半分笑いながら話しかけてきた時も、シンタロウは何も答えず、手首で涙を隠しながら自室へ入った。

 次の日の朝、シンタロウは自室から出られなかった。UFOと宇宙人の死体のことが大事になる様な気がして、ただその場にいて一部始終を目撃したというだけで、何か大きな過ちを犯してしまったかのように思えたからだ。その日は学校を休み、布団の中で、何かを犯したわけではないが、警察のような正しい組織に捕まえられてしまうと言ったような嫌な妄想が頭の中を満たし、横になりながらずっと、心を落ち着かせようと、さまざまな体勢を検討していた。
 しかし、夜になっても街は落ち着いたままで、学校から帰ったユタカの様子を伺っても、特に変わった様子はなかった。ふと気になったシンタロウは、裸足のまま家を飛び出し、UFOと宇宙人の死体があるはずの丘へ向かった。しかし、丘には芝と木の他、何も無く、シンタロウは驚きと安堵と悲しみを持って、また家に帰った。
 それからシンタロウは、UFOのことは忘れ、それまでと同じ日常を送っている。しかし、切れ込みのはいったナスは食べられなくなっていた。

 とある雑誌のインタビュアーが、小型レコーダーをマイクのように向けながら、神に尋ねた。

「いつもお使いになっているその手帳は何なのですか?その特別な手帳と、特別なペンとインクによって、私たちの運命は決められているのですか?」

神は答えた

「これですか?これはモレスキンです」

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