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「ヨ」ってかない?カッちゃん

 糞を拭った紙と母親を間違えるニヒリストのように、隆起した男根が徐々に大きくなり、寝台を越え、屋根を越え、確立した怪獣として、その男根に自我を奪われるフロイト的な自傷願望(自己愛)の蔓延した現代社会は、新型コロナウィルスの流行する前からパンデミックの様相を呈し、ここ、秋田県新宿区にも、その鳶口とびくちが下されそうになっていた。

 ゲームボーイアドバンスのカセットが梱包されていたあの箱のように、手のひらサイズの長方形が好きだ。そして、手のひらサイズの長方形と同じくらいゆみちゃんのことが好きだ。

 カツオはそう手紙にしたため、真紅の高級紙を使った封に入れた。

「ネエさん、今日は遅くなるかもしれない。もし、夕飯の時間になっても帰ってこないようだったら、夕飯の入った皿の、その上部、クレラップをかけて、僕が家に帰ってきた後も、できるだけ、その、美味しさを保ったまま、夕飯を食べることができるように、保存しておいてくれないかなぁ。」

 カツオは頭をかきながらサザエに言った。サザエはいつになく落ち着かずに話すカツオの様子から、今日、この後何か大事なことがあるのだと悟った。そして、その大事なこととはおそらく異性が関わるようなことだろうと。

「あら、あまり遅くならないようにね。この前だってほら、夜中十時を過ぎても帰ってこなかった小学5年生が酔っ払った中年男性にレイプされた、と。そんなことがあったじゃない。」

「そんな遅くならないよ、じゃね~」

 元気よく家を飛び出したカツオの背中を見たサザエは、そこに若き日の父の背中を見て、思わず涙が出そうになった。
『今年も、百合の綺麗な季節になったら、あの丘の上にあるお父さんのお墓へお参りに行こう。』そう誓ったサザエであった。

 元気よく飛び出したカツオは足早に通りへ出て、角の電柱を避けて右の通りへ出た瞬間、その足を止めた。

「太陽が、眩しいです」

 陽光がカツオの顔を射た。その陽光はカツオの不安や恐怖、そして喜びや希望など、感応の全てを奪った!陽光を浴びた氷が、その表面から滑らかに溶けるように。
 カツオは歩を進めた。しかしそれはカツオの意図するところではなく、 首を落とされたカマキリの雄がそれでも尚性交を続けるというように、カツオの意志とは無関係であった。それは神経学の保存法則と言える、”余韻”の境地であった。

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 カツオは朦朧としながら、朦朧とした、ではない。カツオはゾンビとなってしまった。人間がヌクレオチドの傀儡であるように、ガンダムがアムロ・レイの外皮であるように、カツオそれ自体としてはていを成してない、ミーアキャットの剥製のゴミだ。歩いていた。最小限の線画と彩色の施されたセル画の街をゆっくりと。

カツオ82%


 通りを歩きながら、カツオは野球のスイングのそれに似た動作を両手でおこなっていた。しかしそれは、野球と野球の近親相姦によって産み落とされた”野球”のバッターが行うスイングのようであり、両腕に力の入っていない様は、ガソリンスタンドの前でその身を乱舞させるチューブマンを思い起こさせる。思うに、この動作もまた、生の余韻がそうさせたのだろう。

カツオ74%


 そして歩き続けたカツオは商店街に入った。

「オニイチャン、タベテカナイ?オイシヨ!」

 スパイスをかけた肉を焼きながら、中東人が接客する。お祭りの屋台のような形式で商店街の入り口でケバブを売るこの外国人は、ちゃんと許可を得ているのだろうか??許可を得ているのなら、その許可証なる書類を私の家までFAXで送りなさい。当然カツオはケバブ屋など感知せず、少しよろめきながら歩いた。

カツオ53%


 薄汚い肥満中年の腸蠕動のように醜い体勢とその歩き方。見開いているがうつろに見えるその目を携えて進んでいると、少年がカツオにぶつかった。少年は倒れながらも、

「あ、ごめんなさい、」

と謝ったが、素直に謝る少年をよそにカツオは歩き続けた。倒れた少年の足首を踏み、胸元を踏んだ。理不尽さと痛さと恐怖、それらの心情を表明する少年の泣き叫ぶ声はカツオには届かない。カツオの感興を司る何かは、少し前に通りに置き去りにされたままだ。

カツオ32%


 少年の泣き叫ぶ声と周囲の大人の声がこだまする商店街のアーケードを、カツオは歩いている。そしてカツオは一軒の魚屋の前で止まった。アジ、鮭、マグロ、タラ、ふぐ、そして、タコ、イカ、さまざまな海産物の死体が寝ていた。発泡スチロールのケースに氷が敷かれ、その上で動かない魚。その目はカツオ同様カッピラいたまま止まっている。

カツオ18%


 カツオが向きを変え、また歩き出そうとした時、その目線の先にがあった。カツオにはそれが何か分からない。カツオはもう携帯ショップの店頭に飾られたダミーの携帯のように、姿は本物だが肝心の中身の入っていない偽物だ。そう。カツオはもう人ではない。”物”だ。

カツオ9%


 店の奥から休憩していた店員が出てきた。

「おお、カツオくんじゃないか!一人で来て、お使いかい?」

 当然無視してカツオは歩き出した。

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 商店街のアーケードを抜けた頃には、誰がどう見ても『物である』と言うような動きをしていた。自立し、歩行してはいるが、人のそれとは大きく離れた動作をする、”物”、カツオ。そしてそのまま歩いていると、女の子とすれ違った。女の子は初めは”物”だと思い、気づかなかったが、すれ違った瞬間『これは”物”ではない。カッちゃんだ』と悟った。

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 すれ違いざまに道端に立ち止まったカツオの背中を見るその女の子の目からは、大粒の涙が溢れ出した。カッちゃんのこと大好きな私でさえ”物”と認識してしまうほどに”物化”してしまったカッちゃんに対する悲しみ。そして人非ざる”物”と対峙した、その根源的恐怖が合わさり、涙が滝のように溢れ出てしまったのだ。
 あと数歩で自宅に帰ることができるという距離にいた女の子は今すぐに家に帰り、母親の膝枕の上で安心したかった。しかし、”物”であるカツオを見つめるうちに、根源的恐怖根源的勇気へと徐々に変わっていった。そして、勇気の分水嶺を超えた女の子は勇気を出してカツオに声をかけた。それは、カツオが人の世界に戻るように、また以前のような姿に戻るようにと、その記憶を呼び起こすために。

「ヨってかない?カッちゃん」

 女の子は震える声で言った。 
 学校の帰り道、私の家の目の前まで来ると決まって私はこう言っていた。二人で何度も何度も遊んだ私のこの家。私のこの一言でカッちゃんだった”物”がまたカッちゃんになるように、そう願いを込めて。カッちゃんだった”物”だったカッちゃんになれるように、記憶の糸から、人間を手繰り寄せて。。。

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 しかし、女の子の一言はカツオには届かず、カツオはその場でコト切れてしまった。女の子はさらに泣いた。そして”物”だったカツオが”無”になる前に、その体を記憶しておこうと、地面に転がるカツオの体を抱きしめた。
 涙いっぱいの目がカツオのパンパンになった半ズボンのポケットを見た。『なんだろう、これ』取り出してみるとそれは真紅の封筒だった。そして裏には’ゆみちゃんへ’の文字。女の子、そう、ゆみちゃんは号泣しながらその手紙を読み、カツオに火をつけ、切り刻んだ後、醤油とネギと生姜を加えて、カツオのたたきいっちょ上がり!

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