見出し画像

先輩のおごりで食事をするとき、後輩は先輩の注文したメニューよりも安いものを注文した方がよいのか問題

 私がまだ若手社員だった頃、たくさんの先輩にランチを、時には夕食をごちそうになった。そんな時、私がずっと注意していたことがある。それは、

「先輩よりも高いメニューを注文してはいけない。」

ということだ。

 当時の私はそれが社会人としての常識だと思っていた。そのため、先輩とお店に入ったときは、先輩が注文を決めるまで待ち、その値段をチェックしたうえでそれよりも安いメニューを選んだものだ。やがてそのプロセスが若干面倒になり、苦手なものでなければ先輩と同じものを注文するようになった。

 何がきっかけで私がそれを「常識」だと考えていたのかは、今となってははっきりとは思い出せない。もちろん先輩よりも高いものを注文して怒られた経験はないし、いわゆるマナー本でそんな記述を読んだ覚えもない。ただ、雑誌や漫画、ネットの記事や、先輩から聞いたあくまで一般的な話から、そういうものなのだと信じ込んでいたのだと思う。

 時は経ち、いつの間にか私も若い子たちに食事をごちそうできる余裕ができた。彼らの中で、昔の私と同じ考えを持つ人がどのくらいいるのかは分からない。けれども、一緒にランチに行くと、やはり安めのメニューを選ぼうとする後輩が多い、ような気がする。
 しかし、そんな後輩に向かって「値段なんか気にしないで、好きなものを選びなよ」と言ったとて、当の自分が安価なメニューを注文すれば、それが本心だと伝わっていたとて、気を遣わせることは間違いない。かくして私は今、別の問題に直面している。それは、

「後輩に好きなものを選ばせるために、自分は極力高いメニューを選ばなくてはいけない。」

というものだ。

 高いものはおいしい。これは概ね揺るぎない真実だ。しかし、常に一番高いメニューを食べたいかと問われれば、「気分による」というのが一般的な答えだろう。看板メニューの下に遠慮がちに書いてある、脇役のようなメニューを食べたいときもあれば、お年頃の胃腸を抱えている都合上、今日はあっさり行きたいな、というときもある。しかし、そこで私が安いメニューを選んだら、きっと後輩たちは「今日はこの人はお金がないんだな」と考え、同じメニューをあたかも元々それを欲していたかのように指さすのだ、かつての私がそうしたように。

 嫌だ、そんなのは絶対に嫌なのだ。せっかくごちそうするのだから、後輩には本当に食べたいものを選んでほしい。そもそもランチの値段なんて、どんなに差があってもせいぜい五百円程度。そんなの、この歳になれば誤差の範囲なのだ。しかし、その思いを混雑するランチタイムの店で滔々と語るわけにはいかない。かくして私は「自分が高いものを選べば、後輩も好きなものを選びやすくなるだろう」という考えのもと、価格帯が上位のものから自分のランチを選ぶことになる。

 しかし、実はこの作戦、決して成功率が高いわけではない。なぜならば、私が「常に高いメニューを食べたいわけではない」のと同じように、後輩だって「その時に食べたいものが高いメニューとは限らない」からだ。失敗した場合、無駄に自分だけが豪華なランチを食べるという、まったくもって意味の分からない展開になる。実際に私も幾度となくそのような状況に陥った。

 年を取っているからといって、お金があるわけではない。むしろ若い頃は、今くらいの年齢になればもっと余裕があるのだと思っていた。とは言え同業者の若手よりは小銭を持っている。そりゃあ時にはお財布に余裕がない時もあるけれど、某コーヒーチェーン店に行くのを何回か我慢すれば、可愛い後輩のランチ代くらい簡単に捻出できるのだ。

 もちろん、私と同年代の労働者全てが私と同じ気持ちであるとは思っていない。スポンサーよりも高いものを選ぶなんて言語道断、という方もいれば、そもそも後輩になんかおごる必要はない、と考えている人もいるだろう。その辺は個人の考えなのでとやかく言ういわれはないけれど、私は基本的に自分よりも若い子と食事に行ったときは、高い頻度にならない程度にごちそうするようにしている。
若い頃は給料は安いし欲しいものもたくさんある。当然お金なんかない。だけどたまにはおいしいものが食べたい。そんな願いを時々叶えるのが、先輩の役割だと私は思う。少なくとも私はそうしてもらってきた。だから私はもらったバトンを次に受け継がなくてはいけないと思うのだ。

 最近、ちょっとした発見があった。よく「人のお金で食べる食事はおいしい」などと言うけれど、自分のお金で後輩と食べる食事も、とてもおいしいのだ。きっと、右も左も分からない新人社員だった自分が、いっちょまえに先輩になって、後輩にごちそうできること、そしてあの頃の自分にごちそうしてくれた諸先輩方へ間接的に恩返しができることが、おいしさを倍増させてくれるのだと思う。

だからどうか若手のみなさん、私と食事に行ったときは、本当に食べたいものを注文してください。目の前の私の皿の値段なんて、気にしなくていいんだよ。

この記事が参加している募集

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?