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残念なことに、我々はすでに闘いの中にある。

カントの「永遠平和のために」をとある読書会で読んでいる。

もちろん、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてのプログラムなのですが、この本を読んでいくと、おもしろいことがわかる。

それは、我々はロシアがウクライナに侵攻する以前から、もう戦争の中にいたということ。

例えば、第三条項の<常備軍は、ときとともに全廃されなければならない>という項目の冒頭で、

「なぜなら、常備軍はいつでも武装して出撃する準備を整えていることによって、ほかの諸国を絶えず戦争の脅威にさらしているからである。常備軍が刺激となって、たがいに無際限な軍備の拡大を競うようになると、それに費やされる軍事費の増大で、ついには平和のほうが短期の戦争よりもいっそう重荷となり、この重荷を逃れるために、常備軍そのものが先制攻撃の原因となるのである。・・・・」カント「永遠平和のために」より

このように、何かのはずみで始められた戦闘が、抑止力のために増大した軍事力が尽きるまで、(それを支援する国や制度がある限りそれは終わらない)あるいは、核兵器のような大量破壊兵の応酬によって、攻撃すべき場所や人が存在しなくなるまで、戦いは終われないのかもしれない。

日本における自衛隊にしても、法律を書き換えれば、直ちに軍隊となり得るし、そうしたらそうしたで、国境を接する、中国、ロシア、北朝鮮との戦争は、現実となりかねない。

もう二度と悲惨な戦争を繰り返さないと憲法9条に誓ったはずの私たちが、後ろ手に武器を隠し持っているという茶番劇。

そして、軍事力を備えることが抑止力にならないと現実に体感してしまったいま。NATOへの加盟を検討している北欧諸国は、どんな結論と結果を引き受けるのだろうか。

ろっくぷーる たあこ


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