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ナノサイズの微細気泡を用いた気液せん断型ホモジナイザーの開発とその応用

ラボ用気液せん断型ホモジナイザー”CLOSER Type-R1”

●はじめに

 エマルションや乳化技術は、化粧品分野をはじめ医薬品、農薬や化学品分野など種々多岐にわたる分野で活用されている。ここで用いられるエマルションとは、水と油のように均一に溶解しない二種類の液体の一方を微粒子とし、もう一方の液体中に分散させている系のことで、簡単に言うと液体の粒が別の液体の中に浮かんでいるものを指している。このようなエマルションは概して熱力学上的には不安定な系であるため、時間が経過すると分離、凝集、合一により必然的に崩壊(分離)する。そのため図1に示す手順で界面活性剤と呼ばれる物質を添加し混ぜることで、分散微粒子(液中に浮かんいる粒)の表面に界面活性剤分子を吸着させている。そのことにより長期間に渡り崩壊(分離)しないようにしている。

図1:一般的なエマルション作製プロセス

 しかしながら、エマルションの本来の目的は、水あるいは油だけの一液相では得られない高付加価値を作り出すことであり、界面活性剤に包まれた液滴を作ることが本来の目的ではない。また近年、合成化学物質である海洋プラスチックごみが大きな環境問題を発生させているように、合成界面活性剤による将来への予期せぬ健康や環境リスクの低減意識が高まっており、界面活性剤を使わずエマルションを調整するサーファクタント・フリー・エマルションが注目を集めてきている。

図2:界面活性剤に包まれた液滴と裸の液滴

 本稿では、様々なエマルションを使った商品に用いられている合成界面活性剤の使用料を減らす、または無くす商品開発にチャレンジする研究者に向けて開発したラボ用気液せん断型ホモジナイザー“CLOSER Type-R1”(以下CLOSERと呼ぶ)を紹介する。

●代表的な乳化装置

 エマルション作製に用いられる乳化装置には多様なものが提案されている。以下に代表的な装置の紹介とその特徴を説明する。
[回転攪拌型乳化機] ホモミキサー、プロペラミキサー、ディスパーなどが挙げられ、回転軸と攪拌羽根を組み合わせた機械攪拌技術を応用した最も汎用的な乳化機で、ラボ用から生産スケールまでラインナップされている。界面活性剤を用いたエマルション作製を前提とした装置であり、界面活性剤を使わない場合においてはサブミクロンレベルの微粒化を得ることは難しい。
[超音波ホモジナーザー] 超音波により発生するキャビテーションを利用してエマルション作製を行う方法である。局部的なエネルギーによる高せん断力を簡単に与えることが出来るが、均一なせん断力を与えることが困難で大量の処理が必要な生産機へのスケールアップが困難であり、超音波による変性質も課題とされている。
[高圧ホモジナイザー] 100Mpa以上の超高圧ポンプで液同士を衝突させる方法や、細いオリフィスを通液させる方法で強いせん断力を与える方式である。界面活性剤無しで液滴を微粒化する力は非常に高い。しかし供給する液体を超高圧に加圧するためサイズ・重量・消費エネルギーが大きい。また分解洗浄も含めた維持管理に高い技術力が必要となる。

●ウルトラファインバブル生成技術を応用した初めての乳化機

 図3にホモジナイザーのポジショニングマップを示す。縦軸に微粒化性能、横軸に装置の大きさを示す。この図から分かる通り、回転攪拌型乳化機は研究用の小スケールから工業用の大量生産可能なサイズまで幅広くラインナップされているが、界面活性剤フリーでの液滴の微細化性能は低い(サブミクロン以下の均一化が難しい)。一方、高圧ホモジナイザーに代表される微細化性能に優れた装置はラボ用機種においても大きく・高価な装置しかないのが現状である。

図3:CLOSER-R1のポジショニング

 そこで取り組んだのが乳化工程ではタブーとされていた気体の利用である。ウルトラファインバブル生成技術を応用、ナノサイズの微細気泡を用いることで気体と液体の間に発生するせん断力を活用した気液せん断型ホモジナイザー“CLOSER”の開発であった。シンプルな構造でかつ低圧で大きなせん断力が得られる工法により、小型化で高い乳化性能が実現できた。これにより、これまでに無かった新たなカテゴリー商品“CLOSER”を作り出すことができた。

写真1:CLOSER Type-R1

● CLOSERの基本仕様と特徴

 CLOSERはタンク・ポンプ・ノズルをモジュール構造で配置した装置で、AC100Vの電源を接続し、タンクに分散媒と分散質を投入することで乳化実験ができる。コンパクトながら界面活性剤を使用せずに液滴をサブミクロンレベルまで均一化できる。しかも操作性と実験系を切り替えるにために必須となる分解洗浄性が高い。乳化実験をより身近に、スマートにする全く新しいコンセプトのラボ用のホモジナイザーである。

(1)基本仕様

表1:CLOSER Type-R1の基本仕様

(2)乳化・分散原理
 
CLOSERの内部流路構造を図4に示す。タンク、ポンプ、ノズルが接続配管を持たないモジュール構造となっている。タンク底からポンプ吸引口へ流路が直接繋がり、ポンプ出口からタンクの間に気液せん断ノズルがセットされている。ポンプから吐出された混合液は図5に示す通り、ノズル円筒管内で高速の遠心運動(渦流)を発生させ、比重が違う水・油・微細気泡の間で発生するせん断力により粒子(液滴・気泡)を微細化させる。この原理の採用により、回転攪拌型乳化機では不可能であったサブミクロンの微粒化が達成できた。

(3)実験結果
 
界面活性剤を一切使わず、精製水とオレイン酸1.0 Vol.%のエマルション作製を行った。写真2はホモミキサーとCLOSERで作製したエマルションの顕微鏡写真を示す。明らかにCLOSERで作製したエマルションの油滴は均質で微細化できていることが分かる。
 写真3に作製したエマルションサンプルを経時観察した写真を示す。この観察結果からもホモミキサーは3日後から分離が確認できるのに対し、CLOSERのサンプルは2ケ月経過後も分離が確認できない。
 図6にCLOSERで作製した各種エマルション(オレイン酸、ハッカ油、リモネン)の粒度分布(個数平均および体積平均)を示す。すべてのサンプルにおいてピーク粒径が1µm以下でありサブミクロンレベルの微粒化が達成できている。

(4)CLOSERの特徴
 CLOSERの微粒化性能については前述した通りであるが、それ以外の特徴を以下に示す。
[コンパクトデザイン] A4用紙とほぼ同じほぼ同じ面積で実験が可能であり、高圧ホモジナイザーに比べ大幅な省スペース設計である。

写真4:コンパクトデザイン

[ポータブル性] CLOSERの本体は9.6kgと軽量で収納や持ち運び可能な専用ケースに入れて納入されるため、そのままどこでも持ち運びでき電源一つで、どこでも実験が可能である。

写真5:専用ケース

[容易な分解洗浄] パーツ数を最小化し実験系を変える際に必ず必要となる分解洗浄性を大幅に向上。タンク、ポンプ、ノズルの接液部のモジュールを工具レスで簡単に取り外し、外したモジュールは容易に分解。分解した部品は超音波洗浄機で洗浄可能。様々な処方検討をストレス無く効率的にできる。

写真6:工具レスで取り外せる接液部モジュール

● 界面活性剤のいらない世界を作る

 CLOSERのネーミングには“生産者と消費者の距離を近づけたい”との思いが込められている。エマルションを用いた様々な商品の使用期限は3年以上のものがほとんどである。本当にこの長い使用期限が必要なのだろうか?と疑問を持ったのがCLOSER開発のきかっけである。「使う時に混ぜる・作る」といったアプリケーションが出来れば、様々な添加剤をなくせることができ、新たな付加価値が生まれる。そのような用途に向けてCLOSERは様々な応用ができる。例えば、図7は商品開発研究所が消費者に近づいたイメージである。肌の診断とともにあなただけの完全無添加の作り立て化粧品を体験でき、購入もできる。未来型研究所へのCLOSERの応用例である。

図7:未来型商品開発研究所イメージ図

 また、CLOSERには様々な気体をナノサイズにして混ぜ込むことが容易にできる。災害地の避難場所にCLOSERがあれば、オゾンナノバブルを用いた“飲めるうがい薬”が簡単にその場で作れる。断水で歯磨きが出来ない環境においても避難者の口腔ケアに貢献できる。豪雨により床下浸水した家屋での浸水した箇所の菌やカビ対策に体に優しい除菌剤がその場で作れる。これらはほんの一例であるが、「使う時に混ぜる・作る」アプリケーションへの応用で、合成化学物質が減らせ、新たな付加価値が生まれると期待している。

● おわりに


 ウルトラファインバブルを応用したエマルション調整に関する研究報告は非常に少ない。また、市販されている同じ工法の乳化・分散装置も無いことから開発には苦労した。しかし、開発した気液せん断工法は構成要素が少なくシンプルな構造のため、超小型化から大量生産用の大型機のラインアップには時間はかからないと考える。ウルトラファインバブル技術の様々な応用も広がってきており、新たな乳化・分散技術として今後の動向に注目していただきたい。
 
[謝意]
 このウルトラファインバブル生成技術を応用したCLOSERの開発過程おいて高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 秦隆志准教授をはじめ研究室の皆様からの多くの技術指導および評価協力をいただき開発に至った。研究室の方々へのご協力に対して、ここに記して謝辞を表します。
 
[参考文献]
(1)   古澤邦夫監修(2006):新しい分散・乳化の化学と応用技術の新展開
(2)   化学工業日報(2012):高知高専、マイクロエマルション作製技術開発、乳化剤をつかわず安価に
(3)   秦隆志(2013):実用技術構築を目指したマイクロ・ナノバブルの物性・特性に関する研究
(4)   阿部正彦(2001):分散安定性に優れたサーファクタント・フリー・エマルションの調整方の確立とその凝集・合一過程の解明
(5)   酒井俊郎(2013):エマルションの本当の姿に迫る : サーファクタントフリーエマルション
(6)   酒井秀樹(2012):微小気泡を鋳型としたシリカ中空粒子の調製
(7)   矢沢勇樹(2008):微細気泡鋳型を多段分級供給した球状水酸アパタイトの合成
(8)   野々村美宗(2012):化粧品用エマルション
(9)   村上良(2013):微粒子による乳化・起泡  ~Pickeringエマルション・ドライウォーター~
(10) 荒川真一(2015):オゾンナノバブル水(NBW3)の歯科臨床への応用
幕田寿典(2010):マイクロバブルから直接作る中空マイクロカプセルの生成と応用


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