ねぇ、あなた

ガタン ゴトン…
ガタン ゴトン…

憂うつだ。
電車通勤にも、満員電車にも。
なんて愚痴る毎日もかれこれ2年になろうとしている。
それでも相も変わらず同じ時間、同じ電車に乗る僕が居る。

大学を卒業して営業マンになり、社会人1年目をようやく経て波に揉まれながらもどうにか過ごした。
ほとんど毎日残業だけれどもそこまでクタクタという訳でもない。
謂わば、まんざらでもない、そんな所だ。

それにしても毎日よくもまぁこんなに混むものだな。
隣で窮屈そうに立つ女性もほとんど毎日見かける人の一人だ。

キキーッ…ガタンッ…

「信号などで急なブレーキがございます。ご注意下さい」

満員電車の急ブレーキほど力むものはない。
慌てて体勢を整えようと足に力を入れて踏ん張れど、満員に変わりはないなかで苦戦しながらも僕はなんとか体を動かしてみた。

ふと気付くと隣に立っていたはずの女性は急ブレーキのせいか、僕の前に流されてしまっていた。
向き合う形でやりすごしていて何気なく前の女性を見た。

「あっ…」

思わず声が出てしまったほどに驚いた。
女性もこちらを見ていた。
僕の声に女性は申し訳なげに軽く会釈をしてくれた。
まるで僕の前に立つことを申し訳なく思っているかのようだった。
満員電車なんだから仕方がないだろうに……

やっと駅に着いた時、前に居た女性も同じ駅を利用しているようで僕と同じように下車した。
改札を出ると僕と反対方向へ歩いていった。

「今日はこのくらいで帰るか…」

ふと時計を見ると21時を指していて、今日も今日とて残業をし終え駅の改札を通ると、見覚えのある女性がホームに居た。

同じ車両の列に並んでいるのか……
………行きも帰りもとは、すごい偶然だな……

何気なくその女性を見ると、女性も僕を見ていた。
どうも、そんな意味を込めて会釈をした。
途端に女性が僕の方へ寄ってきた。

「今朝はすみません、私のカバンであなたを押してしまって…」

そんな事があっただろうか…?
まぁいいや、ここは無難に…

「いえ、なんてこと無い事ですよ、大丈夫です。毎日満員で朝から疲れちゃいますよね」

「ええ、毎日やんなっちゃいますね。いつもお帰りのお時間はこれくらいなんですか?」

「そうですね、大体こんな時間ですね」

「営業マンさんだと大変でしょうね」

「まぁ、そうですね、はは…」

僕って、

どこからどうみても"営業マン"に見えるのだろうか……?

それから他愛ない話の後電車がきて乗り込んで僕は最寄り駅へ着いた。
軽く会釈して先に降りた僕は何気なく振り向くと、その女性は僕の方へ薄ら笑い手を軽く振っていた。

なんとなく、僕も振り返してしまった。

似たような毎日が続いた時、同僚が僕の腕を指差した。

「あれ?お前それなんの痣?」

「痣?どこ?」

「それ、ひじの所」

「お?本当だ。全く気付いて無かった。痛くねえし」

いつつけたんだろなーなんて思って振り返っても全然思い出せない痣。
同僚がキスマークなら格好がつくのになーなんてくっだらない事を言っていた。

くだらない、その方が幾分かマシだっただろうな。

数日間女性と会わなくなったある日、また同僚が僕を指差した。

「なぁ、なんでそんなデケエ痣に気付かねえの?」

「は?痣?」

「いやだから、肘んとこの痣だって。青紫になってんぞ」

「えー?なんで俺気付かねえの?」

「だからそれを俺が聞いてんだって」

「いつつくかわかんねーんだも、…」

「あ?なに、やっぱり心当たりあるんじゃねーの」

「あ、いや、違うんだ、けど……」

「あんま怪我すんなよー」

「おう」

気付いていないんじゃない、気付かないようにしていたんだ。
この痣がどのようにしてついているのか。
誰が、つけたのか。

揺れる電車。
ぶつかる人。
当たる手荷物。

いや馬鹿な、だってあの人とはもぅ数日間会っていない。
つくキッカケは無いんだ。

最初の痣こそ「あの人のカバンの痕だな」なんて思った。

でも、もしかしたら…?

仕事が忙しくなってそんな事も考える暇もなく、また数日間が過ぎた頃。
満員電車にも慣れた頃、一番油断していたんだ。

「ふぁー、あー、ねみー、帰るか…」

残業を終え間もなく最寄り駅かという頃、異変に初めて気がついた。

「こ、こんばんわ…」

「こんばんわ、今日も残業なんですね」

「あぁ、はい…」

「毎日お疲れです。昨日も残業でお疲れのご様子でしたし、大変ですね」

「はは…いやぁ…」

なぜ、僕の"毎日"を知っている、?

昨日は、会っていないのに、?

一瞬僕の頭の中で警告アラームが鳴った。

最寄り駅についた僕はそそくさと女性から離れ逃げるように帰った。

明日は時間を早めて電車に乗ろう…

夜が明けていつもより30分早く駅のホームへついて辺りを見回してみてもまばらにしか人は居なかった。
……もちろん、あの女性も……

今日1日はこんな調子で辺りをキョロキョロしながら仕事もままならず、心ここにあらず、そんな感じで仕事を終わらせた。

そう、帰りの事なんてすっかり忘れて。

…ガタン ゴトン…
…ガタン ゴトン…

ほどほどの満員電車に揺られていた時。
ふと肘が痛んだ。
締め付けられるような痛み。
興奮とは真逆の心臓の高鳴り。
ちゃんと空気が入らない、ちゃんと息を吐けない。
額に滲む汗。
まばたきを惜しむかのように目を見開いて落ち着かない。

人混みの間から見える自分の肘。

その肘を掴む手。

僕に微笑む女性。

…ガタン ゴトン…
…ガタン ゴトン…

満員電車。

いつもなら耳に響く電車の走行音。

なのに今僕は防音室に居るように静かな空間のようにも思えた。

僕にだけ、聞こえた、声は、嫌に綺麗だった。

「おかえりなさい【今日】も残業なんですね。あなた」

※半分フィクション、半分ノンフィクションです。

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