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ヴァルターベンヤミン「歴史の概念について」Walter Benjamin:Über den Begriff der Geschichte


 好きな映画『ベルリン・天使の詩』はベンヤミンの「歴史の天使」から着想を得ていることから、ベンヤミンの「歴史の概念について」を検討してみました。

IV歴史の天使

 「新しい天使と題するクレーの絵がある。そこにはひとりの天使が描かれていて、それは自分が凝視しているものから、いままさに遠ざかろうとしているかに見える。眼は大きく見開かれ、口は開かれ、翼は広げられている。

Es gibt ein Bild von Klee,das Angelus Novus heißt.Ein Engel ist darauf dargestellt,der aussieht, als wäre er im Begriff,sich von etwas zu entfernen,worauf er starrt.Seine Augen sind aufgerissen,sein Mund steht offen und seine Flügel sind ausgespannt.

 歴史の天使はこうした姿をしているにちがいない。歴史の天使は顔を過去のほうへと向けている。わたしたちの眼には出来事の連鎖と見えるところに、かれはただひとつの破局を見ている。たえまなく瓦礫のうえに瓦礫をつみかさねては、かれの足元に放りだしている破局をだ。できることならかれはその場にとどまって、死者を目覚めさせ、打ち砕かれた破片を集めてもとどおりにしたいと思っている。

Der Engel der Geschichte muß so aussehen.Er hat das Antlizt der Vergangenheit zugewendet.Wo eine Kette von Begebenheiten vor uns erscheint,da sieht er eine einzige Katastrophe,die unablässig Trümmer auf Trümmer häuft und sie ihm vor die Füße schleudert.Er möchte wohl verweilen,die Toten wecken und das Zerschlagene zusammenfügen.

だが、エデンの闇から吹いている強風がかれの翼をからめとり、そのいきおいが激しいために翼をとじることがもうできなくなっている。この強風はかれが背を向けている未来へと、かれをとどめようもなく吹き飛ばしてゆく。そうしているうちにもかれの眼の前では、瓦礫の山が天にとどくほどに高くなってゆく。

Aber ein Sturm weht vom Paradiese her,der sich in seinen Flügeln verfangen hat und so stark ist,daß der Engel sie nicht mehr schließen kann.Dieser Sturm treibt ihn unaufhaltsam in die Zukunft ,der er den Rücken kehrt,währrend der Trümmerhaufen vor ihm zum Himmel wächst.

 わたしたちが進歩と呼んでいるものは、まさにこの強風なのだ。
Das,was wir den Fortschritt nennen,ist dieser Sturm.」

 進歩史観による歴史叙述では、人類史の発展段階が想定されたうえで、そのつど発展に寄与したとされる出来事や芸術作品・科学業績などが取り上げられ、叙述される。進歩に対する<反動>とされる勢力や事件は組み込まれることはあるが、人類史の進歩に寄与しなかったと見なされるものは取り上げられることはない。

 名も知られず永遠に沈黙する死者。遺棄されあとかたもなく崩れ去って現状に復されることのない文物。そうしたものこそ、現在のわたしたちに不意に語りかけ、その現在をまったく別様のものへと変容させる可能性を秘めている。

 進歩及び進歩史観の呪縛から逃れることの困難を、このテーゼは「歴史の天使」という形象に託して語り掛けている。

 進歩というの名の下で組み立てられた歴史観から漏れた名もなき人や文物は、沈黙したまま瓦礫の山となっていく。『戦争は女の顔をしていない』などを著したノーベル文学賞受賞者アレクシェーヴィチは、そうした名もなき小さな人たちの多様な声を拾い上げて、英雄などいない歴史を物語る。最近FAZ紙でもウクライナ戦争の件でアレクシェーヴィチのインタヴュー記事が載っていました。SNSの時代を生かして、埋もれてしまいがちな一般市民の声がもっと多くの人に届けばいいなと思いました。

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