ベンヤミン

『作者のひみつ(仮)』1章

1章 わたしたちが生きている時代

産業資本主義が確立する前の芸術・文学
 序章で述べた、作者の特別な地位が形成されたのは、いつなのか、そしてどのようになのか、まずはそこから始めようと思います。
 いつなのか、という問いの答えを最初に示してしまいますが、それは十九世紀以降(近現代)に成立した産業資本主義経済の社会が確立した時です。産業資本主義とは、簡単に言うと大量生産・大量流通・大量消費の時代です

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眠れないからプラネタリウムが欲しい

眠ることができない。

他人の息が寝息に変わる瞬間を、真面目に聞いたことのある人がどのくらい存在するのか、知らない。友達の家でゴロ寝をする時、広島の私の家に友人が遊びに来た時、会社の先輩と旅行に行った時、私はいつも誰かの息が寝息に変わる瞬間を聴いていた。みんな驚異的なスピードで寝るから、本当に同じ人類なのか、慄く。

寝付くことの出来ない時間ほど、最悪な暇はない。暇な時間が長引けば長引くほど、睡眠

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写真小史 ベンヤミン-写真の可能性と、そこから派生する使命

写真小史 ベンヤミン-写真の可能性と、そこから派生する使命

芸術から一回生のアウラが消滅する複製技術の時代にあって、写真の可能性と、そこから派生する使命とはなんだったのか?
ベンヤミンの写真史は初期から、1930年代までの作品をベンヤミンなりの視点で体系化したエッセイである。

写真の始まりの霧は、印刷術のそれに比べて、明確性を帯びている、それは、カメラ・オブスクーラから、ダビンチの時代から、い

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国宝 一遍聖繪

《一遍聖繪》とは、時宗の宗祖、一遍上人(1239-1289)の行状を描いた鎌倉時代の絵巻。国内最古の絹本著色絵巻で、国宝に指定された名品である。今回の展覧会は、これを所蔵する時宗総本山清浄光寺の遊行寺宝物館が、その全十二巻を一般公開したもの。一巻の全長がおよそ10メートルだから、全巻を合わせると、およそ130メートル。それらが決して広いとは言えない会場に一挙に展示された。

「南無阿弥陀仏」。一遍

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岡本太郎が、人生積み上げるんじゃなく「積み減らす」と言ってたこと。やめること、減らすこと。それは自分の直観、直感を再び高める。止めずに続けてもちろん良いけれども、「やめ」て「離れる」をしてみると、きっとその時違う視点が手に入る。「力は即興にある。」疑えばあったものも無くなる。

友の足音

ヘルベルト・ペルモーレあて

[一九一六年末]

 ヘルベルト君、

 きみが手紙をくれたことはとても嬉しかった。

 でもきみの手紙は事物を即物的に伝えているだけで、ぼくらの間柄を考えれば必要になる根本的な前提条件を、無視しかかっている。ぼくの返信はその条件を踏まえていればこそ、見られるとおりのものに、つまりきみが要求すると同時に実行してもいるような種類の即物性にしんそこから異を唱えるものに、な

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『コイナー氏』論スタート

新しいことをやってみよう、という企画。
第三弾は、評論です。

『コイナー氏』とは、ヴェルター・ベンヤミンの評論文『ベルト・ブレヒト』に筆者が付けたあだ名です。

20世紀の思想家のヴァルター・ベンヤミンが、ドイツ演劇界の巨匠ベルトルト・ブレヒトの作品、とりわけ1キャラクターのコイナー氏に焦点を当てて書いた論文が、『ベルト・ブレヒト』です。

ちょっとマイナーな分野の話題ですが、興味を持ったら、ぜ

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ベンヤミンの遺稿「歴史の概念について」(2)

はじめに

 前回に引き続き、ベンヤミン「歴史の概念について」のとりわけテーゼIについて書きたいと思います。

 余談ですが、「歴史の概念について」や「複製技術時代の芸術作品」の読解と並行して、ベンヤミンの他の著作もパラパラとめくっているのですが、ベンヤミンの「エードゥアルト・フックス──収集家と歴史家」という(あまり聞き慣れない)著作には「歴史の概念について」の一部のテーゼがそのまま掲載されてお

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ベンヤミンの遺稿「歴史の概念について」

はじめに

 最近、私はベンヤミンの著作や関連書籍に取り組んでいます。きっかけはInstagramで写真を始めたことで、ベンヤミンの写真論が気になり始めたからです。ベンヤミンの「写真小史」は、写真が芸術として認知され始めたばかりの頃に執筆されたもので、写真について論じる上でベンヤミンの写真論は避けて通ることができません。

 そういうわけでベンヤミン『複製技術時代の芸術』(晶文社、1999年)を買

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