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「鳴動」〜音が伝える災害の警鐘〜 公演レポート

去る10月29日(日)、長野県松本市の「ヴィオ・パーク劇場」にて、
即興ボイスと倍音音楽による創作民話劇「『鳴動』〜音が伝える災害の警鐘〜」が行われました。その公演の様子をお伝えします。

蛇抜けの旅で訪れた寝覚の床

以前2度にわたりレポートした「蛇抜けの旅」での現地視察、そして自然音などを表現する3回のワークショップを経て出来上がった今作。

いったい災害に関連する民話を、「音」に着目して表現するとは、どのような形になるのか。おそらく誰も予想できぬまま、開演を迎えました。

舞台に設置された謎の物体


1.オープニング「共鳴する神々」


突然静寂を切り裂くような音が。振り返ると、舞台の背後にある庭に白い衣装を着た神々と思しき人たちが舞い降り、オープニングがスタート。

阿鼻叫喚か、獣の雄叫びか、人間の体からこんな音が出るのかと驚きつつ、即興で声という音を鳴らしながら会場内へ入ってきた彼らは、舞台の物体を破壊し、積み上がっていた物はどんがらがっしゃんと音を立てて崩れ去りました。
さらにそれらを叩きつけ、蹴り、さまざまな楽器が打ち鳴らされ、何重にも音が重なり、大きくなり、まさに雨風が吹き荒ぶ嵐のよう。
よく見ると、崩れた物は昔使っていた生活用品や嗜好品など、”日常”を表す物たち。それらが音とともに呆気なく崩れ去る様は、まさに災害により日常が奪われる瞬間を表わしていました。

2.蛇抜けの話


ここから創作民話劇へと移ります。一つ目は、南木曽町に伝わる民話を元にした劇。

南⽊曽町に与川という川が流れています。その川をさかのぼった⼭では、貴族の家を建てるために⼤ぜいの⽊こりが集められ、役⼈のもとでたくさんの⽊が切られていました。その⽊こりの中に、正直者の与平という男がいました。
ある⾬の激しい夜、与平は「トン、トン。」と⼩屋をたたく⾳に⽬をさましました。恐る恐る⼾を開けると、⽩い着物を着た⼥の⼈が悲しげに⽴っていました。そして⼥の⼈は「これ以上⽊を切り倒すと、必ず悪い事が起こるでしょう。」と⾔い残して⾬の中にスーッと消えてしまいました。
あくる⽇、与平はこのことを仲間に話しました。⽊こりたちはこのことばを恐れて、仕事を続けることを拒みましたが、役⼈は聞き⼊れません。こわさのあまり、とうとう与平は「はらが痛い。」と嘘をついて仕事を休んでしまいました。
その夜、いつかの⼥の⼈が現われて、「あした⾬が降り始めたら、⼭の頂へ必ず逃げて下さい。」と⾔い残して、⼣闇の中へ消えていきました。
次の⽇、⼥の⼈の⾔った通り、⼤⾬が降り⼟砂くずれが起きました。このため、⾥の家々は後かたもなくつぶされて、中仙道もくずれ去ってしまいました。この時与平は、⼟砂に流されていく⽩へびを⾒ました。実はあの⼥の⼈は⽩へびの仮の姿だったのです。
このことが起きてから、与平は⽊こりをやめて、⾺⽅になり尾張の国から⾷物を運んだということです。こういうわけで南⽊曽町には、⽔難を防ぐ⽯碑や地蔵様が多くたてられています。

⽊曽⻄⾼等学校地歴部⺠俗班、私たちが調べた⽊曽の伝説 第五集、1980

この民話に登場する与平と女の人を、ワークショップ参加者のお二人が演じていました。今回の公演の企画・監修者であり、演者でもある姫凛子さんの民話の語りに合わせ、登場人物は表情や動きで状況を伝えていく。

そこに葛目氏のホーメイ、声のパフォーマーである大隅氏、ドラマの大竹氏が奏でる音の世界が、ストーリーに臨場感を持たせます。
嵐の前の静けさや不気味な感じ、工事の様子、災害の予兆、そして被害の発生と、ストーリーの展開に合わせ複雑に絡み合う音が、私たちを物語へ没入させていきます。

3.のけ下


続いて坂城町に伝わる、大雨による土砂崩れの民話を元にした創作劇。

坂城の北⼭に草も⽊も⽣えないで、⼭肌をあらわに、急坂をさらけ出している所があり、「のけ下」と呼んでいる。
昔、北⽇名に⺠家が七〜⼋軒しかなかった頃、⽥吾⼗という猟師が住んでいた。ある⽇、⽥吾⼗はいつものように⾃分で作った⾃慢の⼸⽮をもって、お弁当をさげて狩りにでかけて⾏った。その⽇は、 どうしたことか、⼭を⼀⽇中かけ主わっても狐ー四いや兎⼀⽻も⾒当たらない。⼀ぷくしながら、ふと⾜もとを⾒ると、なんと不思議にも「ほら⾙」の⼦が遊んでいた。⽥吾⼗は「これは珍らしい。海にばっかりいるのかと思ったら、なんだ⼭にもいるのかな」と拾いあげた。村の⼈達に⾒せて驚かせてやろうと、着ていた上着を脱いで包み、かたわらの⽊にしばりつけた。しかしまだ⽇もあることだし、もう少し獲物を探してみようと出掛けた。すると、急に空が曇ってきて、ものすごい⼣⽴がしてきた。上着をしばりつけた⽊のところへ引き返して、それを解くが早いか⼀⽬さんに⼭をかけおりた。⼣⽴はますますすごくなり、⼭は嗚り、⼠⼿は崩れ、道は濁流の川となってあふれた。⽥吾⼗がやっとの思いで家の近くまできたときは、既に⾒渡すところ⼀⾯海のようにな
っていた。この濁流の⽔の⾳にまじって、はるか彼⽅から、ぼうぼうという不気味な⾳が聞えてきた。⽥吾⼗が⼩⾼い所へ登って、⾳のする⽅に眼を打けると、沢を流れる濁流の中を⾅のように⼤きいほら⾙が「ぼうぼう」と嗚きながら、⼩⾙をつれてきた。⽥吾⼗は⻘くなって家へ帰って、早速⼭から持ってきた上着を開いて⾒ると、⼤きな⽳があいていて⾙はいなかった。⽥吾⼗は 「おれが⼩⾙をつかまえたから恐ろしくなってあんな⼤嵐をおこした
んだろうな、悪いことをいてしまった」としばし悔悟の念にかられた。やがて嵐はやみ⻘空が⾒え、陽の光がさしてきた。村⼈は⽣きかえったように嵐のあとを⾒、そして不気味な⾳をたてながら下って⾏ったほら⾙の⾏列の話をし あっていたが、⽥吾⼗は、ほら⾙のこのことは誰にも話すまいと⼼の奥にかたく秘めた。それから問もなく⽥吾⼗がほら⾙をつかまえた所へ⾏って⾒ると、そこはひどいがけ崩れになっていた。いま⾔い伝えられている「の
け下」である。

笹本正治、⼟⽯流と⽔害−伝承・地名・防災−、⾼志書院、2022


現代のギャル(?)がこの民話の地を訪ねたところ、民話と同じように螺貝を発見し、それを捕まえたら豪雨が発生する……という物語。
登場人物が現代人だからこそ、急に身近な話に感じ、現実味を帯びてくる。ここでも声やさまざまな楽器の重なりにより、本当に災害が発生したかのような音が会場に響き渡ります。まるで自分が現場に身を置いているのかと錯覚するほどの恐ろしさが胸に迫り、鼓動が早くなるのを実感します。

途中、螺貝を捕らえはしゃぐ罰当たりなギャル達に、そばにいたお地蔵さんの首が傾き、涙を流すというシーンがありました。災害の民話では、おそらく警鐘のメッセージ性を強めるため、このような描写が度々あるのだそう。

現地視察の際に、与川の民話の舞台で、当時亡くなった方々を供養するお地蔵さんが立っていました。今回の劇中に登場したお地蔵さんの姿は、まさにその与川のお地蔵さん。複数の民話からインスパイアされ、要素を抽出して劇に組み込めるところも、創作民話の面白みを感じました。

4.赤い牛の話


続いて上松町に伝わる民話。

上松の寝覚の床のむこうに"床"という部落がありました。この部落と町との交通が⼤変不便でわざわざ遠まわりをして町へ出なければなりません。そこで部落と町の間につり橋をかけることにしました。そしてつり橋の完成に渡りぞめをすることになり、村の⼈が⼤勢集まり渡ってみました。ところがこのつり橋を渡ってだんだん来るうちに川の流れが荒だってきて、真中まで来ると荒れた川の中から⾚い⽜の顔が⾒えました。村⼈はそれがあまりにも恐
ろしい顔なので全部渡りきることができませんでした。それからいろいろな⼈がこのつり橋を渡ろうと挑戦しましたが誰⼀⼈として渡りきることはできませんでした。

⽊曽⻄⾼等学校地歴部⺠俗班、私たちが調べた⽊曽の伝説 第⼀集、1976

演者一同が舞台上に並び、姫凛子さんの朗読に合わせ、民話の世界観をうめきや叫び、声にならない民衆の感情を声であらわしていきます。ストーリーと赤い照明も相まって、不気味なおどろおどろしさが。

音が伝えるメッセージ、そこには人間が本能で感じ取るものがあるのだと、公演が進むにつれ体感覚で味わっていきます。

5.蛇ぬけ

最後は、木祖村と奈川村の辺りで伝わる民話です。
録音された語りが流れます。

⽊祖村と奈川村を結ぶ県道が境峠にさしかかるあたり、⼩⽊曽のはずれに「新池」と呼ばれている⼩さな池があります。そこから舗装された道を数分奥の⽅に歩いて⾏くと、まわりを⽊々に囲まれた湿地帯につきます。そこには枯れかけた⽊が何本も⽴っていて、地⾯には背丈の低い雑草がはえています。この辺⼀帯は昔は⼤きな池でした。村⼈たちは「古池」とこの池を呼んでいました。この池には池の主として夫婦の蛇が住んでいました。
ある年の春、武者修業中の武⼠がここを通りこの池を⾒ていましたが、あまりの美しさに気を引かれてしまい、池の中に⼩柄(こずか)を落してしまいました。何年もの後、⼩柄の銅がさびて⼤蛇は体が腐りはじめたのを感じました。そこで、 この夫婦はこの池をぬけて海に出ようと決⼼しました。そして神のその⽇が来ました。ある年の夏、⼀ヶ⽉も⼤⾬が続いて村中の川が氾濫し、泥⼟が押し流された夜、夫婦は決⼼を実⾏に移しました。 夫は北の⼟⼿を、妻は南の⼟⼿を⼀挙にくだり、海に向かいました。⼆頭の⼤蛇の⽬はランランと輝き、村中に響きわたるうなり声をあげて通りぬけました。

⽊曽⻄⾼等学校地歴部⺠俗班、私たちが調べた⽊曽の伝説 第⼀集、1976

ワークショップに参加されたお二人が夫婦の蛇となり、長い白い布を手に、舞台から庭へと歩いて自然の中へと消えていきました。
この会場だからこそできる演出。自然災害をテーマにした劇だからこそ、自然環境が生かされます。

終始民話と音の世界に引き込まれながら、あっという間に公演終了。
今回題材とされた4つの災害の民話は、通常は文章や語りで伝承されてきたもの。
そこに”音”が加わることで、よりリアルに危機感や緊張、恐怖などの感情を伴って体が覚えていく感覚がありました。

最後に長野県立歴史館特別館長の笹本先生をまじえ、蛇抜けの旅の写真を見返しながらアフタートークも。

先生のお話も大変印象深く、今回の民話劇のタイトルにもなっている「鳴動」は、神仏からのメッセージであり、災害の前には雷だったり、地響きだったりと、さまざまな”音”を通じて私たちへ警告を促しているのだと言います。

快適さを求め、自然から離れてしまった私たちは、そういった”音”に気づきづらくなっています。だからこそ今回のこの民話劇を通じて”音”に触れることで、眠っていた本能的な感覚を呼び覚まし、自然の”音”に耳を傾けるきっかけになるようにと、そんなメッセージが込められていました。

自然環境に溶け込んだヴィオ・パーク劇場。今回のテーマとぴったりでした

私たちは自然に生かされており、自然と共に生きています。そのことを忘れ、自分たちの効率や利益のために自然と離れたことが、昨今の異常気象などに繋がっていることは紛うことなき事実。
改めて自然に対する畏敬の念を深め、先人が残した災害の民話を知り、自然が伝えるメッセージを五感で感じ取ること。その重要性を「ちいさがた未来民話研究会」は独自のアプローチで私たちに伝えています。
今後ますますお子様や大人など、多くの方々に見てもらえたらと思います。

満員御礼!ご来場ありがとうございました

文 さとうひなこ

令和5年度 信州アーツカウンシル助成事業
ちいさがた未来民話研究会


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