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座右の銘、聞かれて困る質問第1位だよね

座右の銘って、日常意識することがほとんどない割に聞かれることが多いもの第1位だと思う。まともに答えられた試しがない。ていうか、座右の銘ってなんとなくわかったような気になっているけどよく分からない。

時々ぱっと答えられる人がいるけど、なんかそれっぽいことを言っているだけか、就活とかの時にキャッチフレーズみたいな感じで考えたことをそのまま言っているだけだと勝手に思いこんでいた。どっかのタイミングで「よっしゃ、次座右の銘聞かれたらこれ答えたろ」ってなったのかなって、心のなかでちょっと小馬鹿にもしていた。

でも、お恥ずかしながら(お恥ずかしいことなのか?)最近になって「これってもしかして座右の銘と呼んで良いのかも」と思う考え方に出会った。

「やりたいことを、やりたいようにやるのだ!!」

映像研には手を出すな!」の主人公、浅草みどりの言葉だ。
なんとかわいらしいポーズと表情なんだろうかこれ。浅草氏、スキすぎる。

「やりたいことをやる」だけだったら、普段から実践できている。でも、「やりたいようにやる」というのは、意外にも難しいんじゃないかと思う。

例えば、「買い物に行きたいけど、洗濯と掃除が終わってないや」と思ったとして、洗濯と掃除を終わらせて買い物に行くのは「やりたいことをやる」の状態。洗濯と掃除は帰ってからすれば良いことにして、思い立ったタイミングで買い物に行くのが「やりたいようにやる」の状態。

とすると、「これをやってから」「あれが終わってないから」「ご褒美として取っておこう」みたいなのは全部、やりたいようにできていない状態と言えると思う。

だから最近では、心が求めるままに動いてみるということを心がけてみた。本が読みたいと思ったら、読むのが途中になっている本じゃなくて、その時に読みたい本を読むとか、ポケモンやりたいと思ったら一旦晩ご飯は後回しにして飽きるまでやるとか、散歩がしたい時は仕事中でもない限りその瞬間に上着を羽織って外に出るとか。

そういうことを続けていたら、心と体が喜んでいるという実感を得られるようになった。なんとなくだるいなと思うこともないし、肺いっぱいに空気が入っているような感じがして心に余裕が出てくる。

そして、浅草氏の「やりたいことを、やりたいようにやるのだ!!」という言葉に対してより強く共感できるようになった。この考え方が自分の芯の部分まで染み込んでいっている感じがする。

やりたいことをやりたいようにやっていても、意外と破綻は起きない。やりたいわけではない家事などは、特にやりたいことがない時にやれば良いからだ。料理とかはお腹が減ってくればやりたいことに変わってくるし、常にやりたいことでいっぱいなわけじゃない。やりたいことだけやっていても疲れてしまうしね。

常にやりたいことで頭がいっぱいの人とか、家庭を持っている人には難しいかも知れないけど、私にはなんのしがらみ(これでしがらみって読むのかっこ良すぎる)もないから、しばらくこの感じで生きていきたいと思った。

だから、今の私の座右の銘は「やりたいことを、やりたいようにやる」だ。

人生で初めてできた座右の銘。なんか嬉しい。誰かに言いたい気持ちがあるけど、いうタイミングがないまま終わりそうな気もする。

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