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来談者中心療法とコーチングの関係


1.初期のコーチングは心理学的理論があった

人間性心理学の影響

コーチングは、誰か一人の人物によって提唱されたアプローチではなく、ある種の社会的現象として、複数人の人物を中心に誕生したという経緯があります。
そのため、ひとえにコーチングといっても、当初からさまざまなアプローチが存在しています。
「コーチングとは何か?」という問いに答えようとする時、それぞれのコーチングに共通して影響を与えていた要素に焦点が向けられます。

コーチング創始期の人々に、共通して影響を与えていたものに、人間性心理学があります(1)。学術的にも、コーチングと人間性心理学者のカール・ロジャーズ(Carl Ronsom Rogers)がセットで語られることは多くあり、コーチングの海外書籍には、人間性心理学は、コーチングの「ルーツ(祖先)」であるとまでいわれています(2)。

具体的には、コーチングスキルとされる「傾聴」「反射」などに、カール・ロジャーズのアプローチの影響があると指摘されています(3)。

実際に、コーチ養成機関をはじめて設立した人物に、トマス・レナード(Thomas J. Leonard)とローラ・ウィットワース(Whitworth L.)が挙げられますが、ウィットワースは、ロジャーズの概念を多用してコーチングを作りました(3)。
このことからも、学術的にコーチングとカール・ロジャーズの「パーソンセンタードアプローチ(旧:来談者中心療法)」の共通性について、取り上げられることが、必然的に多くなっているといえます。

しかしながら、今までのコーチ養成機関が、パーソンセンタード・アプローチの理論を教え、アプローチにもとづく訓練を提供することをしてこなかったため、効果的な支援が提供できなかったり、心理的問題や葛藤を抱えるクライアントに対し、悪化させてしまう懸念も指摘されています(4)。

2.心理学理論にもとづいたコーチング

人間性心理学に立ち返ったコーチング

パーソンセンタード・アプローチと同じ理論を持ったコーチングのことを「パーソンセンタード・コーチング(人間中心的コーチング)」といいます。

コーチングの対象として、精神病理のない健康な人を対象にすることが推奨されたりしますが、このパーソンセンタード・アプローチの特徴として、精神疾患の診断や心理検査によってクライアントを理解する考え方を否定しています(5)。
これは、心の苦しみを否定しているのではなく、クライアントの外側にある評価軸や支援者の価値基準で、クライアントを理解することは、誤解や弊害を招く可能性があり、クライアントが感じているままを理解しようとする方向性から、クライアントと一緒に検討していく対話のプロセスを重要視しているからです(5)。
つまり、クライアントが感じていることは、他者は知らないはずで、クライアントだけがよりこまやかに理解していくことができるのだから、その内省のサポートをしながら支援者も理解を進めていくという、理にかなった尊重の姿勢があるといえます。

そもそも精神病理を理由に対応しないというのは、差別的なニュアンスがあり、昨今推し進められている「合理的配慮義務」という法律の観点からも、障害を理由にサービスの提供を断ることは、避けなければなりません。その意味でも、偏見や価値判断をせずに、クライアントをこの世でたった一人の人間として、そのままを認めていくことが大切になります。

3.さまざまなクライアントを支援するアプローチ

自己構造(概念群)と拒絶された感情・感覚

パーソンセンタード・アプローチの理論にもとづく方法論によると、支援者がクライアントの感覚に対し受容的に関わるプロセスによって、クライアント自身が内省の結果として感覚を受容できるようになります(6)。そして、次第に自身の感覚を受け入れることができるパーソナリティに成長するとされています。

パーソナリティの成長について、もう少し解説します。
人や出来事などを認知する際に、その認識を作る素材として、多くの概念を必要とします。この概念の集合を、ロジャーズは自己構造またはパーソナリティと呼びました。人は生まれて現在に至るまで、体験を通して、この概念を作り続けて、パーソナリティを成長させています。
パーソナリティを形作っている概念群は、なにかを考えたり、行動する時にも使われますが、自身の感覚を受け入れることができる概念が多い分、自身を受け入れた発想や柔軟な行動を作ることができます。
さらに、ある程度はどのようなことに遭遇しても、自身の存在を否定する受け取り方にならないため、思う通りに行動しやすくなり、対人関係も脅かされる心配が少ないので、他者理解も柔軟に行いやすくなって、信頼関係を安定的に築きやすくなるとされています(7)。

もちろん、このようなパーソナリティに成長していくプロセスは、決して簡単なものではなく、自己否定的なパーソナリティになっている分、苦痛や時間を要します。
そのためにも、パーソンセンタード・アプローチは、クライアントを早く成長させようとか、前向きにさせようというコントロールは行わず、一貫して無条件でクライアントが感じていることを理解するプロセスをとることで、苦しみも緩和されるように支援していくのです。

4.自然と感じられる自己肯定感の向上

自分らしさの感覚(本来感)が高まる関係性

以上が、簡単なパーソンセンタード・アプローチの説明になりますが、最近の心理学研究によると、何かを達成することなしに、自分らしくいるだけで自己肯定感を感じられる要因として、本来感が挙げられています(8)。この本来感は、自分らしさとも言い替えられ、パーソンセンタード・アプローチのような受容的な存在と関わることで、向上していくことが示唆されています(9)。

この自己肯定感向上の重要性は、最近認知度が増えた発達障害(神経発達症)に分類されるADHDを診断された方への治療目標として、国立精神・神経医療研究センターがまとめたガイドラインにも示されています。
このことからも、パーソンセンタード・コーチングは、さまざまな方に対応することができる支援方法である、ということができます。

【引用文献】

(1)西垣悦代,2015,日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌,5(1):22-36.
(2)O'Conner, J.&Lages,A,2007,How coaching works.London:A&C Black.杉井要郎(訳),2012,コーチングのすべて,英治出版,p.42.
(3)西垣悦代,2015,西垣悦代•堀正•原口佳典(編),コーチング心理学概論.ナカニシヤ出版,pp.14-15.
(4)Grant.A.M,2007,Past,present,and future:The evolution of professional coaching and coaching psychology.In S.Palmer&A.Whybrow(Eds.),Handbook of coaching Psychology:A guide for practitioners.Hove,East Sussex,UK:Routledge.pp.23-39.
(5)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p225.
(6)Rogers,C.伊東博(編訳),1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの課程,岩崎学術出版社,pp.117-139.
(7)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p225.
(8)Kernis, M.H.,2003,Toward a conceptualization of optimal self-esteem. Psychological Inquiry,14,pp.1-26.
(9)Deci, E.L., & Ryan,R.M. 1995. Human autonomy:The basis for true self-esteem. In M.H.Kernis(Ed.),Efficacy, agency, and self-esteem. New York:Plenum.pp.31-46.


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