シンクロニシティの連続が自分の歯車を動かしてくれる


「シンクロニシティ」


知っていますか?この言葉。

昨日の夜あたり、とある出来事があってから突然ふっと脳に沸いてきたこの言葉。日中ずっと頭の片隅にこびりついていて、仕事帰りに車を運転しながらウンウンと考えていた、けどなんだか思い出せなかったです。あ、もしかしたらいつもみたいに「シンクロ」から勝手に造語を作ったんだろうか、ともやもやしながら運転していました。


「シンクロニシティ」は存在した

あまりに気になるので、信号で停まってるスキにスマホで検索しました。

  シンクロニシティ-Wikipedia

まさか!あった!!これはぞわっと鳥肌が立つ。調べといてなんですが、まさかあるとは。妄想用語じゃなかったんだ。

ただ単に、妄想だと思ってた単語が実在した(しかも自分が思ってた意味と同じ)ということで鳥肌が立つほどびっくりすることはありません。が、昨日あった偶然の出来事があったので、またなにか何か大きな運命のうねりが近づいているのかもしれない、と静かに興奮しています。


同じ考えで同じことを同じ時刻に同じ人にメールする偶然。

シンクロニシティ(英語:synchronicity)とは、いわば「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性(きょうじせい)」「同時性」「同時発生」とも言う。
カール・ユングによって提唱された独: Synchronizitätという概念の英訳である。従来知られていた「因果性」の原理とは異なる、複数の出来事を離れた場所で、同時期に生起させる原理である。何らかの一致する出来事(何か意味やイメージにおいて類似性を備えた出来事群)が、離れた場所で、ほぼ同時期に起きることがある。だが、複数の事象が、従来の「因果性」の説明方法ではうまく説明できない場合がある。そうした、同時期に離れた場所で起きる、一致する出来事を説明するためのある種の原理、作用として提示されたのがシンクロニシティである。(Wikipediaより

平たく言うと「偶然の一致」です。おそろいの服だったとか、電話しようと思ったら向こうからかかってきたとか。今回はもう少し深い話。


昨日私は、なんかゾワゾワした感覚がぬぐい切れず、とある人に連絡を取ってみよう、いや取ったほうがいいぞという半ば脅迫観念的な気持ちに捉われていました。年賀状も出してないのでおそらく2年ぶりだと思います。とにかくその人に連絡をとりたくて、迷った挙句「元気ですか?」という中身のないメールを送りました。その人には話しかけることが大切であって、話す中身はどうでもいいんです。

どうでもいいといっても、久しぶりにメール送るのにいきなり「元気?」じゃ「元気だよ、また3人でお茶しよう!」で終わってしまいます。そうじゃない。

ということで「雇用にとらわれない生き方をすることにします」と伝えたら、翌日返信があって「実は昨日同じくらいの時間に○○君(3人のうちもう一人)からも連絡があってね。大海原に飛び出したいとか言ってたんだ」と教えてくれました。まさかの偶然。

愛知でマッサージ師をやってる彼は、「二人が打ち合わせして送ってきたと思ってた」といっていたけど、違うんだこれが。2年も連絡を取ってないのに、なんで同じ日の同じ夜に同じことを送ってるんだろう。


“偶然の一致”について書いてるけど何なの?

信じるか信じないか、これは人の自由なのだけど

「運命の歯車」みたいな大きな時のうねりは存在する、という話です。

たとえば、「あ、このタイミングではこっちに行くべきだ」とか、「あれ?理由は分かんないけど今ここでYesって言った方がいいぞ」とか。

それはもう決まっていることで、ある意味直感的なものであり、それに従っていくことで思わぬ方向にうまく事が流れるということなんです。


つまり、この偶然の一致はおそらく何かの予兆で、きっかけの糸口だろうと思います。何につながっているかは分かりません。が、引っ張らないと損です。


「シンクロニシティ=偶然の一致」は昔からの親友とか、一緒にいる時間が長いと相手のこともをよく分かるので偶然の一致も起こりやすくなると思います。

が、今回の件が面白いのはうちら3人はほとんど他人といえる間柄です。それが、この「偶然の一致」が面白い理由です。私たちのつながりは単に「4年前、日本から遠く離れたネパールのとある丘の上で、偶然同じ時刻に居合わせた同郷の日本人」というだけの縁であり、帰国後も含め合計3日間も一緒にいない仲です。日常的に連絡は取り合いません。そんな3人が時空を超えた場所で2年ぶりに偶然の一致を生み出しているのだから、驚かずにはいられません。

だから面白いんです。

この面白さを生み出したのは、やはり私たち3人がお互いに自分の意思でアクションを起こし、結果会うべくして出会っているからだと思います。だから私はとにかくアクションを起こして嗅覚を鍛えていきたいと思っています。

小さな流れにも逆らわず、身軽に生きてみよう

ネパールの丘の上で会った私たち3人は、おそらく3人揃うべくしてそろって、おかげで数奇な体験をすることができました。これは私のなかで大きな糧になっています。

それにこのネパールの旅に至るまでには、小さな第6感的なゾワゾワ感が連続的に起きていて、最終的には今につながっている感じもあるのですが、もしかするともっと先までつながっている気もします。

この話はまた別の機会に話そうと思いますが、小さなにおいをたどって、フットワーク軽くどんどん動いていくことで、数奇なる運命が動き出す、そんな感覚なんですよね。

たまに現れるその第6感的なゾワゾワ感に私はなるべく逆らわずにしたがってきました。ただし、ゾワゾワ感は具体的には何も教えてくれません。が、今まさに何かアクションを起こすべし!とだけ教えてくれるのです。後は自分の嗅覚に頼るのみ。


たぶん自分の歯車の「注油」のために連絡を取りたくなったんですね

これから自分が新しいことを始めたいなと思っている、けど思ったように動けず頭でっかちになっている。これを何とか変えたい、つまり自分の歯車をうまく動かさなきゃなと直感的に思ったから、メールを送ったんだろうと冷静にかんがえると思います。


シンクロニシティの感覚は、実際に体験しないと文章では30%も伝えられません。私のつたない文章では10%がいいところかも。もっともっと、いろんな物事を直接感じて人と会って話して、化学反応で歯車をもっともっと回したいなあというのが今の思いです。

4

オコキタ

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