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滝田賢治(2006)編著『東アジア共同体への道』中央大学出版部

今日もまた古い本を紹介する。17年ほど前の本である。まだリーマンショックも起こっておらず、中国の海洋進出も今日ほど目立っておらず、さらにはASEAN+3の経済的互恵関係も強化されていたから、あたかもEUのように何らかの形で「東アジア共同体」なるものができるのではないか、という期待に満ちた頃だった。

本書は、今をときめくトルコ研究者である今井宏平さんが第三章ジョン・カートン「東アジア・サミットと地域共同体の創設」の訳者をやっているほどに豪華な布陣によって編まれている。

「東アジア共同体」の実現は、昨今の中国の一帯一路や海洋進出による緊張感の高まりにより、遥か彼方に行ってしまったが、それでもなお滝田による第一章は現在でも十分な貢献をしている。

共同体構築にはidentity, interest, institutionという「3つのI」ー人によってはideaのIを加え「4つのI」ともいうーが不可欠であると言われる(後略

滝田賢治2006: p.2

グローバリゼーションによって経済エリート間では共有されつつあった4つのIは、現在、グローバリゼーションの敗者とそれを惹きつけようとするポピュリスト、さらには民主主義・自由主義体制に反旗を翻す国家によって挑戦を受けている。
もちろんそれは政治側に責任があるが、他方で政治家に(選挙を通じて)主権を預け、あとは我関せずで自らの利益に奔走する市民の側にも責任はないか。市民の政治参加には、選挙のみならず監視という仕事がある。

さて、グローバルなレベルにおいてこの「4つのI」を達成するのは困難極まるとして、ローカル・レベルではどうなんだろうと考える。そしてこの「4つのI」が達成されたローカルは強い。

自然条件の多様性はこの地域の協力・協調を阻む要因とは言えず、むしろ協力・協調のための豊かな可能性を提供するものであろう。自然条件の相違こそが、この地域内における物資・資源の移動を引き起こす要因となり、また産業としてのツーリズムを活性化し、文化交流に貢献する可能性を高めるのである。

滝田賢治2006: pp.7-8

滝田のこの指摘は重い。

熊野古道を考えてみよう。「はてなし山脈」とも呼ばれる紀伊半島の山々を登っては降りる。そこにはそこでしか得られない景観があり、これまで千年に亘って参拝客を受け入れてきた人々がいる。ツーリストは国際情勢の緊張もどこ吹く風で、熊野古道を2泊3日で歩き、本宮に到着する。その後は新宮に降りて、那智の滝を見るに違いない。
熊野古道を守り続けてきたというidentity, 参拝客が通ることによって得られるinterest, このような地方のガバナンスを司るinstitution、そしてその時代に沿ったideaがこの地域を魅力的なものにする。


どこの国の大都市も大体同じ雰囲気を醸し出すなか、各国のローカルに向けられる視線は熱い。それぞれのローカルが「4つのI」を大切にして、下手なことで仲間割れなどせず、未来志向の議論を展開できれば、日本もまだ捨てたものではなかろう。


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