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Back to the world_018/ブー美と雪山登山

「死ぬな、死ぬなブー美~!」
中野の寸劇はエスカレートして、寝転んだ佐内をビンタするふりを始める。
「寝るな、ブー美!死にたいのか?!寝るなー!」
爆笑が起きた。その時コツーン!と足を机の枠にぶつけて、今まで突っ伏して寝ていた平田が飛び起きる。
「雪山…登山?」
「ははははは!そうだよ、平田シェンシェイ、雪山登山だよ!」
相馬が笑いながら言うと、平田は目をこすりながら答えた。
「いや、ぼく今怒られてました、雪山で」
今日一番の笑いが起きた。

教室で仲間たちから笑われて消えたくなった。
中野の物真似はすでに独り立ちした別物のコントに見えたが、純にはなんだかヒロイックな自分の本質を提示されているようにさえ感じられた。
「『ブー美』って…なあ?」
「…なあ」
ニヤリとする中野の問いかけに対し、純は自分が涙目になっていないかどうかばかりが気になって苦笑いで答えるしかなかった。

輪の中で満足げな佐内を殴り飛ばしたいほどの怒りもあったが、この雰囲気の中でそれをやればかなり評価が落ちる事はわかる。
周囲の『ノリ』に迎合したようでつらかったが中学時代の友人たちの顔が浮かんだ。みんな優しかった、俺は今高校へ来て試練を受けているよーー心でそうつぶやいて微笑んだ。民と反りの合わなかった戦士がプライドを捨てて道化になり、結果受け入れられ成長する万々歳な姿をイメージした。

「あっはっは」
佐内が寄って来て、事もあろうに楽しめたねとばかりに純の背中をさすりながら笑っている。しかし戦士はこれで逆に冷静になり、落ち着いて考えを巡らせる事ができた。
純の誕生日にまつわる特別な事件ーー産院へ向かう母親が乗っていたバスにファイヤーバードが落ちて来た事についてクラス中にぺらぺら吹聴してくれたのは佐内だったーーこれを評価して許す事に決めた。
すなわち昨日は陳腐なセリフを吐いてしまったが、不思議な運命と無限の可能性を持つミステリアスな男という肩書きは変わってはいないーー何をやっても説得力があり魅力につながる、そう思う事にしたのだ。

まったく悪びれずに笑っている佐内の横で、ショーグンはやはり申し訳なさそうに、しかし雅やかに純を見ていた。
「いや、だけど僕も思ったよ、『ブー美』って、本人もよく受け入れたなって。そうしたのはいつからかなって」
「…なあ!」
純は若干持ち直した気持ちで、愛嬌を添えて返した。
「でもあの時、僕はちょっとびっくりしたんだけどブー美?いや三宅さんだっけ?あの人ちょっと嬉しそうな目をしてたよ。
『目』っていうか、そういう感情が目の光に出てたと思う」
「そうですか」
純はまた思い出して恥ずかしくなり、もう、消え入りそうな声で答えた。

教室の入り口から隣のクラスの高堀が顔を出した。高司を見つけて指差しながら
「おーい、高司。だいじょぶか?風邪ひいてないか?はっはっは」
と邪悪に笑った。
高司は一瞬不満げな表情を見せたが、お人好しな顔に戻ってうなずいたので高堀はさらに笑いながら去って行った。
「ははは!…じゃーな、坂下」
高堀と連れ立っていた坂下が入れ替わりに入って来て、わざとらしく笑いながら高司の脇を小突いた。

「昨日、あのあと高司が泉の広場で川に落とされたらしいよ」
「え、誰にィ?」
佐内が話しかけて来たので、純は気にしていない事をアピールするために多少驚きを加えてすっとんきょうに聞き返した。
「いま顔出してた目の下が黒い、強面のヤツ。高堀っつうのかな?バカ司と同じ中学だったんだって」
純の高校の生徒はほとんどがそこにたむろするようになりバカになってしまうのだ、と市内の中学生たちから噂されている駅前の巨大商業施設サンモールーーそこには店内を流れる人工の浅い川『泉の広場』がある。
アニメ軍団たちと帰りにそこに寄った高司は、女子たちの目の前で高堀に後ろから尻を蹴られ、川に落とされたという事だった。

当の高司はというとすでに、軍団員たちと共にアニメ雑誌の付録ポスターの美少女を囲んで品評会の最中だった。人差し指を立てた右手をあごに当てて賢そうにうなずいている。
「…やっぱり涼しかったのかなあ?」
「ぷっ!ショーグン、悪いヤツだなあ、コイツ!」
佐内は嬉しそうにショーグンの脇を突いた。純は高司のすました顔を思い出して笑ってしまった。■


とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。