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Back to the world_014/タヌキがチェンソーのモノマネをしている

 教室でショーグンが龍を見た話をした時に純も軽く不思議な話を披露したが、じっくり話せる時のために取っておいたものがあった。ショーグンと2人の時がよかったが、気心の知れた佐内なら一緒にいても問題ない。

「…タヌキは化かすかも」
「ぷっ!好きだねえ!こないだガッコで話してたのもお稲荷さん、キツネの話だったじゃん」
「まーそれ母親の話だからさ、今日は俺が体験した話なんだよ」
山の中でずっと後をついて来たキツネが急に牛のように大きくなって逃げて行ったという話は純の母親の十八番だった。彼女は戦後すぐ、祖母を訪ねて島根の山村に行った際にそれを体験したのだという。

「聞かせてくださいよ、ジェリー選手。フフフ」
「いや俺ね、小学生ん時によく近所の山に行ってたのよ、その頃飼ってた犬と」「ふんふん、そんで」
「あ、待って。その前に猟師のおっさんから聞いた話」
「うん」

「山に入ってると、誰もいないはずなのに斧で木を切り倒す音が聞こえるんだって。コーン、コーン、ズサアアアーッ!って」
「昔の話だ?」
「そう、きこりって感じ。でもさ、最近、昭和50年ぐらいからは誰もいない山からなんとチェンソーの音が聞こえるんだってよ!」
「何それ?!ははは」
「おっさんが言うには、ずっとタヌキがモノマネしていたずらしてるって言うんだけどさ、可笑しくない?」

「ふふ。進化したの?」
「『チュイイーーーン』、って?!かわいいじゃん、はは。ホントにィ?どんな顔してェ?」
「笑っちゃうよね。まーそういう話を俺聞いたのよ」
「え、そんでマスクかぶったタヌキがチェンソー持って追いかけて来たの?ジェリーのこと。ははっ」

「いやいや、ハハッ、ちょいタヌキは置いといてよ…それでさ、俺犬と一緒に山を散歩してて、ぼんやり高速道路を見てたんだよ。あ、うち田舎だから山削って高速道路通ってんの。縦貫道っていうやつね。
そしたらさ、後ろからいきなり『グウォオオーッ!』つうか『ガオーーッ!』つうか、いや『ガルル!』?とにかくものすごい猛獣の雄叫びみたいな声がしたのよ、すごくハッキリと!」
「え、何なのそれー。まったく想像と違った。どうなったの?」
佐内が笑いながら言った。

「ライオンみたいな感じの声。いや、うちの県って熊いないじゃん。東のほうにちょっといるって話だけど遠すぎるしさ。イノシシだったらたぶん『ブキャーーッ!』って感じの声だと思うんだよね、俺。
で真っ青になってうちの犬抱いて一気に山を駆け降りたんだよね、一切振り返らずに。も、怖くて怖くて。家まで一目散。しばらく震えてた」
「誰かのいたずらじゃないの?テープレコーダーでさ」
「え猛獣の声録音するー?何なの?その人」
「変わり者のおっさん」
「いや、それやろうとしたらかなり大変だよね、ふふ」
昭和50年代はスマホのような機器で手軽に録音するなどということはむろん不可能で、一般人がプロユースの音源素材を使用することもまずなかった。
猛獣の声を録音するならテープレコーダーを用意してテレビの放送を待つか、動物園で人の声がしない時に猛獣の咆哮を待つしかない。

「いや俺マジな話ね、これタヌキっぽいものの仕業じゃないかと思ったんだよね、おっさんの言ってた」
「あのトコトコしたマヌケなヤツが?俺んちの近くも出るんだよ」
「そういうヤツじゃなく。なんていうか、長生きした1匹がもっとなんかこう、山の神的なものとくっついたとかそういう…」
「ああ、そういう感じならあるかもしれないね。で、雄叫びはそれっきり?」
「それっきり」
「ショーグン、不思議な話の教授を気取ってるね」
「フフフ、そうですかね」
「まーわからないけど、そんなことがあったの。でもショーグンの龍の話と似てるなーと思ったのは、俺はこういうの怖くてたまらないタチなんだけどなんでだろ?割とまたすぐに1人で山へ入って犬と散歩してんだよね。最初は友達と行ったんだと思うけど。
で今でもそこ行ってる、しょっちゅう。あんなに怖いっつうか、あれは『畏怖』っていうのかな?そんな感じだったのにもう平気っつうか」

「ふふ、確かに確かに。うちの家族はもう龍のこと忘れてる」
「はは!ジェリーも小学生だったから、その辺は」
「いやーあの雄叫びハッキリ覚えてるし、怯えてたんだけどねー、すごく」
「フフフ、面白いね」
「今は全然平気よ。まーわかんないんだけどみんな気をつけようぜ、キツネやらタヌキやらに、って話」
「気をつけるわ、ははっ。俺らの親とか爺さんの世代はけっこう化かされた話する人いるよね、保造も確かそんなこと言ってたな、あ、うちの爺ちゃんの名前ね」
「渋いですね、保造さん。ふふ」
「馬糞の饅頭食ったとかそういうヤツだよ」

純は、タヌキの話をしたことでホラ話っぽく伝わってしまったかもしれないと心配しつつ、次の話を進めた。
「あ、タヌキとか言うとアレだけどさ、そういうのじゃなくて不思議なことがあってさ」
「と言うとー?」
佐内は面白がって、おおげさな身振りで聞いてくる。■


※チェンソーの話については下記の書籍を参考にしています。
 『山怪 山人が語る不思議な話』田中康弘・著
 自分は地響きのような大きな音や、猛獣のような声を聞いた記憶があります。
 狸や狐の話は憑き物も含め戦中派の人たちからよく聞いたものです。


とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。