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Back to the world_019/5月、お正月と盆が一緒に来る予感

 放課後、坂を下り切った駄菓子屋の前で土管のように太いボンタン(変形学生ズボン)を穿いたリーゼントの上級生たちが空を仰ぎながらジュースを飲んでいた。
「『UFO来ないかなあ』『なあ、あれっきりじゃ淋しいよう』」
今日1日、『ブー美事件』のショックを引きずっていないという証明のために努めて明るく過ごしていた純は、間抜けな声ーー『食いしん坊』でアテレコをして佐内たちを笑わせた。

「ははは!『ジュースが甘いよう、幸せだなあ』…あっ!」
アテレコに乗って来た佐内が何かに気づき、急に声をひそめて嬉しそうに言った。
「…アイツ、『お正月』じゃないか?!」

「え?」
「アイツだよ!前にさ、初めて渡船で帰った時、バス停にいたヤツじゃん!横入りしてた」
「え?…あーあーあー、ほんとだ!」
「ふふっ、『お正月』って?」
「あの太い『ドカン』のほうだよ、後ろ髪の長い。紋付袴みたいだろ?」

佐内が説明したと同時にその『お正月』は尻のポケットから扇子を出して顔を扇ぎ始めた。
日の丸が描いてあるものだったので佐内が大笑いする。
「め、めでたい!ハハハハハ!」
純はその時、道の対面にいた『お正月』と一瞬目が合ったような気がしたのだが、バスが来た事による人の波で視界が遮られた。『お正月』たちは道を突っ切り、ごった返す生徒たちをかき分けてバスへ乗り込んだようだった。

純たちは脇道へ入って船着場へ向かった。
「今日暑かったけど扇子かあ。渋すぎるなあ『お正月』は」
「でもなんか確かに、UFO探してたようにも見えたね」
「光る物に反応してバイクで追っかけるんだよきっと。パラリラパラリラ…でみんな海へドボン」
「カラスかよ!ははっ」
帰り際に佐内とショーグンを笑わせて、楽しい印象で別れる事ができた。


 純は帰りの電車の中で中学時代のクラスメイト、カブとシマジに会った。
工業高校の仲間たちから離れて車両を移って来たカブに、
「おう、久しぶり。いいの?ガッコの友達」
と気を遣った。
「いいんだよ、もう駅だしアイツら逆だから」

「そっか。今日シマジは?」
「いま純みつけて俺と一緒に『じゃあ』つったんだけどさ、まあいつもの感じで『あー、そういえばシマジさー』とか言われて」
カブが隣の車両を親指で指すと、身体だけこちらを向いたシマジが丁寧に仲間の話にうなずいているのが見える。
純が旧友の不器用な姿を見て懐かしくなって微笑んだところで彼はこちらを向いた。純の視線に気づいて口を『お』という形にして手を挙げた。

「シマジ今日早くないか?部活は?」
「お。明日からキャンプなんだ」
「キャンプじゃねーよ、『集団宿泊』だよ。ヤだよ俺テントで寝るとか」
「お。そうか」

「ああ、俺たちもある、来週だわ」
「俺らはさ、隣の市までわざわざ行って山登りだってよ、鍛錬登山?」
「さすが。工業高校っぽい」
「伝統だってよ、だるー」

カブとシマジとは小中と同じ学校で、特に中学時代よく一緒につるんでいた。
川に石を投げている最中に奇跡のような夕焼けに気づいたり、防空壕を探しに行った山中から海が見えた瞬間にサイレンが鳴るのを聞いた時、その他数々の出来事を共に経験して、純はお得意である『何十年後かに今日のこの瞬間を思い出すのだろう』ーーを感じていた。佐内やショーグンたちに会うずっと前から。

当時は自転車で無意味にぶらぶらしたり美人の先輩の家を探したり、その他中学生らしい遊びに明け暮れていた。
純は新しい本や映画を見つけて来て、2人は興味があればそれに付き合った。
それらに影響されていつまでも入れ込むのはいつも純だった。

「俺いまガッコで『ジェリー』って呼ばれてるんだよ」
「『藤尾』だからかよ?!ははは」
「お。ほほ。俳優の?似てるかな?」
シマジは長身を折り曲げて笑った。
「そういう事じゃねーよ」
とカブ。

「ははは。それ言い出したヤツ早川っていってさ、日成中学のヤツなんだけど、すっげー不良顔してんのよ。パーマのリーゼントで。
入学式の時、体育館で前の席でさ。『ふーんオマエ藤尾っていうのか?』って言われて」
「お。ビビるじゃん、ははっ」
「いや、何かと思ってたら教室戻る時には『ジェリー、ちょっとプリント運ぶの手伝ってくれよ』って言われてさ」
「何だよそれ!『プリント』?わはは」
「歯がガチャガチャでさ、いつも『うひっ』とか笑ってんだよ。すごいバカかと思ったら賢いの!面白くてさ、笑っちゃった」
「お。ほっほ、変なヤツだな、日成中学?」
「うん。聞いてみてよ」
思いがけず友人に会った純は、車窓から見える田植え直前の生命力溢れる水田を見つめながら胸を躍らせた。そしてこういう時に起こる幸運がある、と考えていた。
(盆と正月が一緒に来るーー『お正月』も目撃した事だし)

 降車駅が近づいて来た時に予感がした。期待だったのかもしれない。電車から女子校の生徒たちが見えた。
純の気持ちは窓に張り付いて外をくまなく探索したいほどになっていたが、それを誰にも悟られないように斜に構えて戸口からホームを凝視した。
(ーーいた!)

女子校の制服に身を包んだ伊藤慶子がスローモーションで視界に飛び込んで来る。見間違えるはずもない。中学時代のセーラー服も似合っていたが、ブレザー姿は多少大人びて見え、胸を高鳴らせた。
純の願望通りの位置で車両が止まった。
慶子は隣にいた友人と話していたが、目の前に現れたガラス越し純の姿を見ると驚いて、はにかみながら下を向いた。純の抱いた想いとは裏腹に、彼女にとって思いもよらない再会だったようだ。
電車の扉が開くと目の前にいた慶子は同じ戸口から乗るか乗らないか迷い、文字通り二の足を踏んだ。

純は嬉しさから笑いが込み上げて来るのを抑えて電車を降りる。
シマジも慶子に気づいて顔色が変わった。カブはため息をついて苦笑いした。
結局慶子は純とすれ違う事を避け、ホームを走り隣の車両から電車に飛び乗った。一緒にいた彼女の友人ーー名前は何だったかーーは申し訳なさそうに微笑んで慶子に続いた。

純はカブとシマジの先頭に立って、並走する電車の中から悲しげに見えるよう努めて歩いた。
中学時代に少し付き合って別れたが今でもずっと慶子の事を考えていた。
結果避けられてショックを受けたものの、彼女のはにかんだ笑顔だけが純の脳裏に残った。
(俺は『清楚な少女』と付き合っていたーー)
ここまで純の脳内ではスローモーションで事が進んでいたが、長らくカブとシマジの存在を棚上げして自分の世界に浸っていた事に気づいて急に恥ずかしくなった。
『別れた彼女に出くわした大人な優越感』、というものを少なからず抱いていた事もなんだかバツが悪い。

「暑いしよー、スパーでアイス食おうぜ」
カブは街道沿いのスーパーマーケットの事を『スパー』と呼んでいた。純には、多少ぞんざいな話し方でさりげなく空気を変えてくれた事がわかった。

「…お。あいつ、伊藤、髪伸びてたな」
「シマジ~!お前はホントに…何だよ!」
カブがシマジの尻を蹴った。
「おっ!」
純は声を出して笑う。
3人は駐輪場から自転車に乗り、だらだらと街道を進み始めた。

 街道沿いの『スパー』に入ろうとしたところで目の前の停留所にバスが止まり、驚いた事に中から『お正月』が現れた。
そのバスと信号待ちや停留所で近づいた時に、窓から『アイパー』という理容ゴテで固めたリーゼントのひさしを突き出して誰かがこちらを見ていた事には気づいていた。
さらに最後部座席に陣取る者は危険人物の可能性も高くなるので3人は無視していたのだ。
しかしお正月は確実に純に向かって近づいて来た。細い眉を寄せて眉間に険しい皺を寄せながら。

「お前…さっき俺ら見て笑ってたろ?」
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とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。