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『嫉妬の正体』を読む、考える【読書】

今回の読書 『嫉妬の正体』 著・谷沢永一

 『嫉妬の正体』は、日本人が強く持つ嫉妬の感情を、嫉妬渦巻く学者の世界で生きてきた著者が多角的に捉え、浮き彫りにしていく一冊です。本文にもある通り、嫉妬はあまり語られず、語ると自身が嫉妬深いとまで思われるために多くの人がそれに焦点を当てて筆を執らない感情でした。その感情をアカデミズムや歴史、宗教、性別などに砕いて掘り下げています。

 この本で語られる嫉妬は、松下幸之助の言葉より、『宇宙根源の力によって人間に与えられた一つの法則』『そこで、嫉妬心は狐色に程よく妬かねばならない』『狐色に妬くと、かえって人間の情は高まり、人間生活は非常に和らいでくる』ものとしてとらえられます。つまり取り除けないものであるからコントロールをうまくすればいい、といったところでしょうか。

 この本ではさらに、日本人が嫉妬心の強い民族ではないか、そしてそれが経済成長につながっていっているのではないか…という指摘もありました。(かなり本筋に絡んできます。というより前提にも近いかもしれません。)

 嫉妬心との付き合い方を模索している方、嫉妬を持て余している方、嫉妬されて困っている、という方まで、嫉妬の感情に振り回されているときに、客観視できるおすすめの一冊だと思います。あと引用も著者の文も日本語が素敵でした。しっくりくる表現、書き留めたい表現が多いです。

🕊🕊読書感想文&思索🕊🕊

 そもそも嫉妬というのは多くの感情と一緒で理解のしがたいものであり、だれも言及してくれない(しいて言うならば物語)分、より不気味だなと感じていました。多くの人が苦しんで身を滅ぼす一端となることもあって、病のようだとも思います。しかしその正体は宇宙の法則と同じようにもともとあって一生消えないもの、とこの本ではいうのでより絶望感が深まりそうだなと考えながら読み進めていました。ところがまあ痛快な語り口もあり、嫉妬を傍から見て書き下すと滑稽な物語のようで、まったく絶望感なく読み進められました。その分身に覚えがある人も多そうな例が盛りだくさんで、『弟子に嫉妬した』『同僚に嫉妬した』といった話も多くみられます。自分より少し上の人に嫉妬をする、という部分ではなるほどなと思わざるを得ませんでした。本文中にもある通り、『百姓は将軍に嫉妬しない』のです。目上すぎたり、圧倒的能力差があると嫉妬はできないというのです。

 また、想像力が嫉妬を助長するという話がありました。『男女の嫉妬』の章でのお話です。見も知らぬ同性が、自分より相手(異性)を魅了することに長けていたら…という想像が嫉妬を生み出すという話です。この項目では性のシンボルに関する嫉妬や魅了する腕に関する嫉妬など、事細かにいろいろな男女の身体的特徴と嫉妬が述べられており、さらに遊郭の誤解や家族の形などにも言及しており、一瞬読んでる本を途中で変えたような錯覚に陥りました。嫉妬というより男女仲の業を読んでいる気分で、それほど恋愛と嫉妬は切り離せないのだな…と思ってしまいます。恐ろしい。男女を抜きにしても、想像力は相手の形や感情をゆがめ膨らませたりしてしまう上、本人以外に本人の実体は分からないためにとてつもない誤解と嫉妬を生むのではないでしょうか。想像力と創造力のどちらもが高い能力をもつ作家などはさぞ嫉妬のエピソードが多いのだろうと思っていたら、『文人相軽んず』という言葉も紹介されており、やはり…。なにかを生み出す想像の力は嫉妬も生みやすいのかもしれません。

 「圧倒的目上は嫉妬できない」「想像力は嫉妬を助長する」という二つの項目を見て、「嫉妬心は想像力の及ばないところ(想像もつかない天才、想像もつかない能力など)にはまずはいりこめない」のではないか、と考えました。例えば高度な専門用語を使って人口に膾炙される理論を華麗に打ち立てる学者を、一介の学生は嫉妬できるかというとなかなかに難しい。その成功の道筋を具体的に想像できないからです。しかし同級生で満点を取る努力家ならばその道筋は見えます。ここで嫉妬するかしないかは人によりますが、まず想像できない時点で嫉妬の対象から外れる、ということもあるとは思います。また、先の例の学者がよく知る幼馴染だったり同級生だったとあればまた嫉妬できるかの判定は変わると思います。その人の言動が想像しやすいからです。

 最後にこの本では、嫉妬の避け方のヒントに『謙虚であれ』と挙げています。これは文中で挙げていた、夏目漱石の嫉妬からの逃げ方である「共感を得る」に近いことだと思いますが、他者の想像の範疇であってもその人に悪影響を与えなければ嫉妬の対象にはならず、むしろ譲る気持ちがあれば感謝される、という話でしょう。うまくいかないこともあるにせよ、腹を決めれば難しいことではなさそうです。

 結局、この本では正体をわかりきることは(当然ながら)できないのですが、嫉妬という感情の概形をつかみやすくなります。自らを省みるとき、例えば自分が他者から嫉妬されて蹴落とされかけて苦しんだ時や、逆に誰かに嫉妬してたまらなく苦しんでいるときに、この概形をつかんでいると少し楽になりそうです。それは他者から見たじぶんと嫉妬の関係を見直す、大きなヒントでしょう。


 ちなみに、自分は友人の嫉妬の対処法がシンプルで好きです。「嫉妬したら、その気持ちを一気に終着点までもっていく。憎しみや怒りとか。呪いたかったら実害が出ない程度に呪う。自己嫌悪は後からできるから。そしたら一度落ち着くから、並べて眺める。それでも気に入らなかったら、気にいるまで努力する。」とのことです。やり方云々は置いておいても、感情処理のルーティーンを形成することは心の安寧に良さそうです。想像力で助長された感情を、落ち着いた時の思考力で解体するというのもなんとも面白い。おすすめです。

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