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溶け込み、混ざり合い、染まっていくように

「TKGはなぁ、先に醤油がポイントなんやで。」
190cmの巨体、肉付きのいいガタイの立派な成人男性が、まるで子供かのように目を輝かせてつぶやいていた。卵かけごはんを食べようとするごとに、毎回毎回つぶやいていた。先に醤油、そのあとに溶き卵、そして醤油を掬い上げるようにふわっと混ぜて、卵一色になった瞬間を逃さずに食べるのが粋なんだとか。試しに逆にしてみるよと、私はわざと溶き卵を入れてから醤油をかけて一気に食べてみたが、残念ながら私にはその味の違いがわからなかった。

「TKGはな、繊細なんやで!」
味のわからない私に、彼は何度もその繊細な味をプレゼンして、そのたびに反応の薄い私を見ては「なんでわからへんかなぁ……」とあきれて、そしてまた一人で卵かけごはんを食べた。「うまいわぁ」と、まだ飲み込む前に笑いながら喜びをこぼして、あっという間にたいらげる。

そのガタイにしては小さすぎる、私とおそろいのサイズのお茶碗を大事そうに持って、ズルズルと音がしだすとすぐにカチャカチャとお箸がお茶碗の底にあたる音がした。そんなに急がなくても誰も横取りしたりしないよと笑う私の横で、彼はいつも幸せそうに卵かけごはんを食べた。こんなに素朴で、こんなにも優しい笑顔を引き出す食べ物があるだろうか。私たちはこの一杯に、これからどんな思い出を重ねていくのだろうか。

たった一杯の卵かけごはんに見る、白と茶色と黄色が溶け込み、混ざり合い、染まっていくように、私たちにも順番があって、少しでも掛け違えば変わってしまうかもしれない日常をともに過ごし、何気ない幸せを生み出していくのかもしれない。どんなに素朴でもいい。二人の幸せの色に染まれればいい。そんな未来に淡い希望をよせて、私たちは今日も卵かけごはんを頬張る。

#うちの卵かけごはん

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