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誰のために 何のために


いろんな心境の変化があって
自分自身そして
人との関係性について
思い巡らせる日々です。

例えば『あなたは“何のため”に生きているのか』
ともし問われたとしたら
わたしは躊躇なく
自分のため
自分をよろこばせるため
この身体をよろこばせるためだと
答えると思います。

自分というのは
さまざまな関係性の中で
さまざな影響を受け与えあって
成り立っているだけで
本来“これが自分だ”と思ってきたものは
実はそんな確固たるものではなく
たくさんの関わって来た人たちが
自分の中により集められて
出来ているだけだったりします。

でもその選択してきたものの組み合わせが
唯一無二という意味で
わたしという存在も
唯一無二になる。
それだけのことなのかなと
思い始めています。

そういう風に考えると
やっぱり人生って
めぐり逢い
そして誰と共に在りたいか
ということに尽きる。

そしてそれは
いつも身体が細胞が
教えてくれる。

だからこの人だ!
と思えばどんな形であれ
一緒に居るだろうし
いろんな形があるから
楽しいし
それぞれの形を楽しみながら
できるだけたくさんの人を
愛せる人生でありたい。

愛したり愛されたり
尽くしたり尽くされたり
本来ならそれが一方通行であることって
実はごく自然なことでもあって
愛されたから愛し返すのではなく
尽くされたから尽くし返すのではなく
愛されたからまた次へ愛し伝え
尽くされたからまた次へ尽くし伝える
そんな大自然の大河のように流れる
大きな世界の中で
循環しているような気がします。

尽くす方も尽くされる方も
そもそも根底は愛には変わりないから
その形に囚われるより
自分の心が身体が自然と向く方へ
繋いでいけばいいってことなんだと
思う。


自分が本当に深く関わっていける人って
限りある時間
限りある人生の中で
そう多くはありません。

だからこそ
その方向性に
素直でありたい。

無理や困難が生じる時は
その方向性が
間違ってるとき。

返そうとするんじゃなくて
与えてもらおうとするのでもなくて
繋げていくこと。

繋げていきたいと
自然と別の何かに向かい始めたとき
初めて自分に与えられ繋がれてきた
壮大な愛があったことに気付き
本当の意味で感謝できるんじゃないかな。

繋げていこうとする
その原動力こそ与えられた愛。

愛は架け橋。

それが今のわたしの中の
真実。

そう思うと
すごく心が楽です。

そもそも心配してもしなくても
不安になってもならなくても
もともと愛しかないのが人間だから
自分の心と身体を束縛さえしなければ
きっとなんでも上手くいってしまうと
思うのです。

というわけで
今からわたしは
身体への愛を表現するためストレッチをします💕


ご覧いただきありがとうございます✨ 読んでくださったあなたに 心地よい風景が広がりますように💚