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【神経科学】ソーシャルディスタンスと脳と身体

みなさまソーシャルディスタンスお疲れ様です。

COVID-19の感染拡大予防策として、ソーシャルディスタンスは欠かすことができません。一方で、社会的存在である人類が、物理空間で人と会うことを避け続けて生きていくことは難しいことです。実際、4月に緊急事態宣言が発令されてから数ヶ月、人と物理的に接する機会が激減した中で、

「なんか体調が悪い」

「頭が悪くなった気がする」

「寂しい」

「飲酒量が増えた」

「キレやすくなった」

「生きていても仕方ない気がしてきた」

などの自覚症状がある人も多いのではないでしょうか。

こんなときだからこそ、今一度、ソーシャルディスタンスが人の脳と身体にもたらす影響を正しく理解することが、この厳しい時代を生き抜く一助になるかもしれません。

以下、ソーシャルディスタンスによって人々が一層孤独になりやすくなった世界において、脳と身体に何がもたらされているのか、簡単にまとめたいと思います。

内容は↓の論文の中身を自分なりに咀嚼したものになりますので、興味をもたれた方は私の記事は読まず原典をお読みになることをお勧めします。

Bzdok, D., & Dunbar, R. I. (2020). The Neurobiology of Social Distance. Trends in Cognitive Sciences.

https://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/fulltext/S1364-6613(20)30140-6

孤独感の進化論的役割

人は猿と同様に社会的動物ですので、他者との交流などといった社会的刺激が剥奪されると、それをストレスに感じます。そのストレスの感情的発露として感じられるのが孤独感です。

孤独感は辛い感情なので、痛覚と同様になくなってしまえばいいのにと思われるかもしれませんが、痛覚が身体になんかヤバイことが起きていることを伝える大切な機能を持つように、孤独感は社会から孤立しつつあってこのままだとヤバイ、ということを私たちに知らせるという大切な機能があると考えられています。

このように、孤独を感じることは進化論的に正常な反応ですが、過剰な痛みが死を招くように、過剰な孤独も死を招きます。

過剰な孤独感を抱えると、世の中の負の部分が際立って見えます。例えば、自分は誰からも嫌われている、と何の根拠もないのに確信してしまうこともあります。そういった世界観が形成されると、最終的には自殺という最悪の結末を招いてしまうこともあります。

社会的繋がりが大切な理由

日本でも単身者の割合が増加傾向にありますが、単身者で社会的に孤立しており、孤独を感じている人は、そうでない人に比べて〜30%程度(心臓病などで)死にやすい、という研究結果[1]があります(年配者の場合)。配偶者を失うと年配者の直近の死亡率は上昇する、といったような同様の研究結果は様々な国で報告されており、孤独感が死亡リスクを上昇させることは間違いなさそうです。

ではどういう人が孤独による死亡リスクが低いのかということですが、複数の集団に所属している人は死亡リスクが低いことが示唆されています[2]。因果関係を立証することは難しいですが、基本的には、社会的活動(飲みに行ったり、地域の活動に参加したり)が活発な人は友人が多く、幸福感を感じやすく、より人生に満足している傾向が見られます。1つの集団で何か嫌なことがあっても、他の集団内で認められていれば自己肯定感が保てますし、まぁそうですよね。

突然ですがこの写真、何の動物かお分かりになるでしょうか。

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https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn%3AANd9GcRyQ2gniAeSXEp7yH10wyiznjNad3qjDnOA_g&usqp=CAU


そう、ヒヒ(Baboon)ですね!

長期間のフィールドワークによると、より他のヒヒとの交友関係が豊かな雌のヒヒは、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの分泌レベルが低く、傷の回復が早く、子孫を多く残し、長生きする傾向にあるそうです[3]。同様の研究結果は別の猿やイルカでも報告されており、社会的な繋がりが与える良い影響は、人間のみならず動物にも普遍的に存在することがうかがえます。

孤独感と免疫機能

孤独感が死亡リスクを上げるメカニズムとして、免疫機能への影響が思い浮かびます。実際、孤独を感じていたり、社会的交流が少ない個人の免疫機能は、そうでない人に比べて弱くなっていることを示唆する研究結果[4]があります。また、社会的な繋がりは白血球の一種であるナチュラルキラー細胞を増やす、といった研究結果[5]もあり、社会的繋がりと強い免疫機能には関連があることがわかります。

これはCOVID-19によるパンデミックの現況において、かなり厳しい事実です。すなわち、人類は互いの社会的接触を避けること、ソーシャルディスタンスによってウイルスの感染を食い止めようとしましたが、それによって孤独感が増大、結果として自身の免疫機能が低下し、よりウイルスに感染しやすくなり、かかったときに重症化してしまう...という厳しいシナリオが読めてしまうからです。

なぜ無限に友達をつくれないのか

ここまで、孤独がもたらす悪影響、社会的交流がもたらす良い影響を俯瞰してきましたが、以下のような疑問に持たれた方も多いのではないでしょうか。

「そんなに孤独が悪影響をもたらすなら、人類全員と友達になればいいじゃん?」

確かに、これだけ人がいる中で、みんながみんなお互いを無視して自分ばかり見て、「寂しい...ひとりぼっちだ...」って言ってるの、超非効率的というか、馬鹿なんじゃないかと思えてしまいます。「はいじゃあAさんとBさん、あんたたちは今日から友達ね!」って決めたくなりますね。

しかし、友達を作るのはタダではできないところがポイントです。友達を作るには以下のようなコストがかかります。

認知コスト:人の脳は一度に150人程度までの社会的ネットワークしか把握できないとされている(個人差あり)うえに、日々のメインの社会的活動はネットワーク内で最も親密な5人以内の人に割かれている

時間コスト:一般的に、見ず知らずの人同士が友人になるためには、3ヶ月以上にわたり200時間程度の対面による交流が必要とされている

維持コスト:接触機会が減少すると、親近感は時間で単調減少する

地理コスト:肌感覚で「30分ルール」というものがあり、自分の場所からその人に会えるまでに(車、徒歩など)30分以上かかる場合、なんか会うの面倒になっちゃう

上記のように、友人を作り、維持し、関係を発展していくには、主に脳の認知機能の制約により多くのコストがかかります。そのため、無限に友達を作って孤独感を0にする、ということはできません。

孤独も「感染拡大」する

人間のコミュニケーションは、単に情報を交換するだけではありません。人間のコミュニケーションで忘れられがちだけれども、本質的な要素はalignmentです。互いの感情を共有すること、同じ土俵に上がることです。病院の赤ちゃんは、1人が泣き出すとみんな泣き出しますが、これは言葉による情報伝達というよりは、感情が伝播して共有されるという現象です。

すなわち、孤独感も伝播し共有されます。

人間のコミュニケーションでは、無意識に相手の使う言葉や仕草を真似し、お互いがお互いの感情を共有しようとします。そのため、ある人の孤独感も、コミュニケーションによって共有され、社会的ネットワークによって拡散されていくことになります。

人はなんとなくこのことがわかっているため、自分が孤独になりたくないので、孤独な人と関わろうとはしません。そのため、孤独な人はより孤独になっていく構造が見られます。日本における思春期世代の自殺率は先進国有数の高さですが、これは学校という閉鎖空間で社会的に孤立すると、多くの学生は学校以外に自分を受け入れてくれるような集団を持っていないが故に、自分の力だけでは如何ともし難いという構造と無関係ではないように思えます。

オンラインコミュニケーションでできること

Zoomなどのビデオ会議ツールが広く導入されるようになったのは、顔の情報量が圧倒的に大きいことによるでしょう。顔を見れば、一言も話すことなく年齢、性別はもちろん、その人がどういう人なのか、今どういう気分なのか、なんとなくわかります。人間は顔から情報を取ることに最早頼りすぎてる感すらあり、それができないような文字ベースのSNS上では、Emojiというものを発明して人工的に顔情報を付加するということまでしています🤣

面白いのは、Zoomなどの登場によっても、友人を作るコストはほぼ変わらないことです。

つまり仕事やプライベートの場がオンラインに移行したからと言って、急に私たちが150人以上と一度に仲良くなったり、見ず知らずの人と一瞬で友達になったり、しばらく連絡取ってない人のことをずっと大切に思えたり、30分以上移動しないと会えないような人に親近感持ったり...ということはなさそうだということです。脳はそんな急に進化できないですからね。

逆に言えば、withコロナ時代でもその前でもその後でも、コミュニケーションで大切にしなければいけないことは不変だということです。お互い顔は見えた方が円滑なコミュニケーションには望ましいし、お互いの感情、立場を理解しようと努めることが必要なのはずっとそうです。

ソーシャルネットワークと脳

ここまで読み進められた方々の中には、

「やっぱり孤独を感じる脳がダメなのでは?孤独を感じる脳の部位をこぅ...ぶっこわせば、人類皆お互いにイライラせず1人で楽しく生きていけるのでは?」

と思われた方もいらっしゃると思いますので、さらっと孤独と脳の関わりについてまとめます。

人間も猿も外敵や環境による脅威へ対抗するため、コミュニティを作り、属し、そこで生活していくスタイルを大昔に確立しました。逆に言えば、そのコミュニティから外れてしまうと外敵の標的になったりと生命の危機ですので、コミュニティに属するメンバーのことを記憶したり、身近な人の日々の感情の動きを追ったりといった、集団社会の中で生き残るための脳機能が実装されています。

キーワードは2つ、Default mode networkAmygdala(扁桃体)です。

Default mode networkとは、前頭野を含む複数の広範囲にわたる脳領域で、ぼーっとしているときに活動し、何かタスクに取り組んでいるときに活動が弱まるため、このように呼ばれています。「このネットワーク脳で何してんの?w いらなくない??」とさえ言われたこともありますが、最近の研究によって、実は多様な機能を持ち、例えば社会的活動にとって大事であることがわかっています。

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9a/Default_mode_network-WRNMMC.jpg/250px-Default_mode_network-WRNMMC.jpg

一例ですが、孤独感が強い人では、このDefault mode networkの活動に異常が見られるというような研究結果[6]があり、社交性や社会的ネットワークの大きさが、このネットワークに属し、相手の意図を汲んだりといった働きを担う脳領域に関連していることがわかっています[7]。

Amygdalaは大脳辺縁系の一部で、恐怖などの情動やその記憶を担当する領域で、人間には左右2つあります(下の写真はなんか1つしか赤くなってませんが、右側にも線対称なところにあります)。

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2f/MRI_Location_Amygdala_up.png/220px-MRI_Location_Amygdala_up.png

交友関係のネットワークが広い人は、Amygdalaが大きい傾向にある[7]ようです。また、Amygdalaはパーソナルスペースが侵害されるときのように、他人が自分に近くと活動するのですが、Amygdalaがない人はパーソナルスペース関係なく相手に近づいてしまう傾向があります[8]。

Default mode networkの中核を担う前頭野やAmygdalaなどの領域は、社会的ネットワークの大きさによってその容積が変わるといった研究[9]も、猿の研究ですが存在します。孤独感はDefault mode network内の脳領域同士の情報伝達強度を下げ、Default mode networkとAmygdala含む大脳辺縁系との情報伝達に影響を与える[7]こともわかっています。

すごく簡単に言えば、孤独感は脳の様々な領域の情報伝達に影響を与えるということです。人や猿の脳は、集団社会の中で他者と交流することに強く影響を受けているわけですね。

このような社会的活動を支えるための脳機能は、障害が発生した際はそのまま社会的活動の障害となります。うつ病や統合失調症といった精神疾患は、心の病気といった呼ばれ方はされますが、実際は脳という臓器の病気です。

脳の病気としては、認知症であるアルツハイマー病が有名ですが、社会的交流が減ると、アルツハイマー病のような認知症発症リスクが上がることが指摘されています[10]。逆に言えば、適切な社会的活動が日々の生活の中であり、それが脳のいい刺激になれば、心身ともに健康でいられる可能性が上がることを示唆しています。

ソーシャルディスタンスの子供たちへの影響

孤独と脳の密接な関係について簡単に書きましたが、これは脳が発達段階にある子供にとって、一生もののクリティカルな問題です。親とのスキンシップの欠如や、いじめなど同世代の人間関係での過度なストレスが子供にもたらす影響は、IQが下がるといった認知能力の低下[11]程度にはとどまりません。

成長段階であることもあり、孤独が子供に与える影響は深刻で一生ものである場合が多く、そこには脳容積の減少[11]、DNAを保護する役割のあるテロメアの損傷の加速[12]、抗炎症作用を担う遺伝子発現量の減少[13]、などの一生モノの生物学的な悪影響を含みます。

社会的刺激は脳の成長に必須の栄養分であり、人や猿のような社会的動物が孤立して社会的な報酬が得られない場合、別の報酬系を活性化させるもので補おうとする傾向があります。例えば薬物乱用や過度な飲酒は、孤独な人や猿に多く観察されます(猿には、実験室で麻薬を与えた場合です。集団内で孤立しがちな猿ほど薬物中毒になりやすいことがわかっています[14])。思春期の犯罪や反社会的行動も、親や周囲からの社会的報酬が足りない結果としてもたらされると考えられています。

「社会は自分の存在を気にかけていないのに、なぜ自分が社会のことを気にかけないといけないのか?」という疑問を持ってしまうと、犯罪などの反社会的行動の引き金になりかねません。

ウイルスから子供達を守るためソーシャルディスタンスは欠かせない一方で、子供の脳や身体の成長は待ってくれません。学校の授業が進まないなどで学業面のご心配をされる親御さんも多いとは思いますが、こんな時期だからこそ、話すときは表情豊かに笑顔多めで、自身のお子さんとはスキンシップをよく取り、普段以上に社会的報酬を与えることを意識されると良いかもしれません。

じゃあ結局どうすればいいのか?

ソーシャルディスタンスはウイルス感染予防のため絶対必須ですが、同時に孤独感を生みやすい状況が生まれています。孤独が心身に与える影響は非常に大きく、公衆衛生的にも無視できない医療コストになるため、イギリスでは(年配の方向けですが)「孤独撲滅キャンペーン」というものが実施されていたりもします。

人間は社会的生物として、社会的活動を支える様々な機能を脳が実装し、適切な社会的刺激を得ることでそういった脳機能をメンテナンスしているわけですので、ソーシャルディスタンスの中でも、なるべく社会的刺激が減らないような工夫が必要です。具体的には、

ZoomなどでFace-to-Faceのコミュニケーションを頻繁に行う

自分の趣味嗜好を共有できるオンラインスペースに入る

歌う(歌うことは、強力な社会的帰属感と自己満足感を即効性を持って与えてくれる[15]らしいです。本当かどうかわかりませんが今回まとめている論文に載っていたので一応書いておきます。このnoteでまとめているこの論文では、集団活動が苦手な個人は、コーラスや合唱団みたいのに入ることがおすすめされており、国や自治体がそれにお金を出すべきだとさえ言っています。歌うことが好きなんでしょうか...?)

など、ソーシャルディスタンスの中で社会的刺激を最大化すること、それを意識してやっていくことがいいかもしれません。

引用

[1] Holt-Lunstad J. et al. Loneliness and social isolation as risk factors for mortality: a meta-analytic review. Perspect. Psychol. Sci. 2015; 10: 227-237

[2] Steptoe A. et al. Social isolation, loneliness, and all-cause mortality in older men and women. Proc. Natl. Acad. Sci. 2013; 110: 5797-5801

[3] Dunbar R. I. M. Breaking bread: the functions of social eating.
Adapt. Hum. Behav. Physiol. 2017; 3: 198-211

[4] Archie E. A. et al. Social affiliation matters: both same-sex and opposite-sex relationships predict survival in wild female baboons.
Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 2014; 28120141261

[5] Pressman S. D. et al. Loneliness, social network size, and immune response to influenza vaccination in college freshmen.
Health Psychol. 2005; 24: 297-306

[6] Sarkar D. K. et al. Opiate antagonist prevents μ- and δ- opiate receptor dimerization to facilitate ability of agonist to control ethanol-altered natural killer cell functions and mammary tumor growth.
J. Biol. Chem. 2012; 287: 16734-16747

[7] Mwilambwe-Tshilobo L. et al. Loneliness and meaning in life are reflected in the intrinsic network architecture of the brain.
Soc. Cogn. Affect. Neurosci. 2019; 14: 423-433

[8] Kwak S. et al. Social brain volume is associated with in-degree social network size among older adults.
Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 2018; 28520172708

[9] Kennedy D. P. et al. Personal space regulation by the human amygdala.
Nat. Neurosci. 2009; 12: 1226-1227

[10] Nelson C. A. et al. Cognitive recovery in socially deprived young children: the Bucharest Early Intervention Project.
Science. 2007; 318: 1937-1940

[11] Drury S. S. et al. Telomere length and early severe social deprivation: linking early adversity and cellular aging.
Mol. Psychiatry. 2012; 17: 719-727

[12] Sallet J. et al. Social network size affects neural circuits in macaques.
Science. 2011; 334: 697-700

[13] Spreng R. N. Turner G. R. Structural covariance of the default network in healthy and pathological aging.
J. Neurosci. 2013; 33: 15226-15234

[14] Cole S. W. et al. Social regulation of gene expression in human leukocytes. Genome Biol. 2007; 8: R189

[15] Morgan D. et al. Social dominance in monkeys: dopamine D2 receptors and cocaine self-administration. Nat. Neurosci. 2002; 5: 169-174

[16] Pearce E. et al. The ice-breaker effect: singing mediates fast social bonding. R. Soc. Open Sci. 2015; 2150221


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