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【脳とAI】新しい人工知能に組み込まれそうな脳科学の知見

人工知能は世界を変える技術だといわれています。

一言に人工知能 (AI) と言っても幅広く、深層学習 (Deep Learning)や強化学習 (Reinforcement Learning)など様々な領域があります。人工知能の研究は世界中で活発に展開されており日進月歩なのですが、面白いことに、人工知能が進化するにつれ、どんどん人の脳と似てきているように感じられます。例えば、深層学習は大脳 (Cerebrum) の視覚情報処理、強化学習は大脳基底核 (Basal Ganglia)の学習機構と多くの類似点が見つかります。

ということは逆に、脳科学の分野で研究されている脳のメカニズムを人工知能に応用すれば、より人工知能を進化させることができるのではないでしょうか?

この最も有名な成功例は、睡眠に関するものでしょう。脳は睡眠中、起きていた時の神経細胞の活動パターンを再生している、という研究があります。例えば、ラットが迷路でスタートからゴールを目指す課題に取り組んでいるとします。そのラットが眠ると、迷路を解いているときの神経細胞の活動パターンが再生されます。この再生は将来のシミュレーションとして機能しており、実際、睡眠中にこの再生を邪魔すると、起きた後ラットが迷路を解くのにより苦労するそうです[1]。

この睡眠中のメンタルシミュレーションは、AlphaGoというDeepMind社が開発した人工知能に取り入れられ、当時の囲碁の世界チャンピオンに勝利することに大きく貢献しました[2]。

これは脳科学が人工知能をインスパイアした例ですが、脳科学が人工知能研究にできることはもう一つあります。

それは、ヒトの脳が人工知能の指針になる、ということです。

ヒトの脳は進化の産物です。人工知能が進化し、ヒトの脳のような構造、機能を獲得すれば、それはその人工知能の研究が正しい方向に向かっている(生命の進化の方向に行けば、少なくとも間違いではないだろう)ことを示しています。

この顕著な例が、CNN (Convolutional Neural Network) でしょう。顔認証など、画像認識にはなくてはならない深層学習の技術ですが、CNNの計算ユニットの活動パターンは、ヒトやサルが脳のなかでどのように目から入ってきた情報を処理しているか(視覚情報処理)と非常に似ていることがわかっています [3, 4]。面白いのは、CNNの設計者がそう仕組んだわけではなく、CNNが自分自身でヒトやサルの視覚情報処理を学習したようだ、ということです。

このように、脳科学は人工知能研究にとって大切な学問です。ここでは、脳科学の世界ではよく研究されているけれども、まだ人工知能の研究にはあまり反映されていない、だが反映されるとより人工知能が進化するかも?という分野を俯瞰してみたいと思います。

1、小脳 (Cerebellum)

小脳は下図 において赤で示された領域で、脳の後方に位置しています。

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Polygon data were generated by Database Center for Life Science(DBCLS)[2]. - Polygon data are from BodyParts3D[1]

脳の機能というとどうしても大脳や基底核に注目が行きがちですが、人間の脳のうち10%程度の重さを占める小脳の役割も重要です。驚くべきことに、小脳には大脳以上の神経細胞が含まれています。小脳の損傷は運動や姿勢の制御に悪影響を与えるため、特に精密な運動制御に関する機能を小脳は持っていると考えられています[5]。

最近では、小脳の働きは運動制御に留まらないことがわかりはじめています。学習や認知機能への関与、特に動機付け、感情、報酬などとの関わりや、自閉症や統合失調症などの精神神経疾患との関連も報告されており、小脳の理解なくして脳の理解はありえない、という価値観が出始めてきました [6]。

小脳の計算原理はまだ完全に理解されていませんが、未来の高度な人工知能は小脳的なものを持つかもしれません[7]。

2、神経調節物質 (Neuromodulators)

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                                              (Wikipedia: serotonin)

脳の機能は、神経細胞の活動によって表現されています。神経細胞の活動とは電気的な活動であり、その活動は「発火する」といわれるような急激な細胞膜電位の変化です。ある神経細胞が発火すると、その神経細胞とつながっている別の神経細胞も発火し、それによってまた別の神経細胞も発火して…というように情報が伝達されていきます。

神経細胞の発火にはエネルギーが消費されます。脳は身体全体の2%程度の重さしかありませんが、身体のエネルギーの実に20%は脳が使っています[8]。そのため、これ以上脳がエネルギーを消費しなくてもいいように、神経細胞の情報伝達はできる限り効率的でなければいけません。つまり、大切な情報はとっておき、いらない情報は捨てる、という仕組みが必要です。

これを実現するのが、アセチルコリンなどの神経調整物質です。脳の中に神経調整物質は数多くあり、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどが有名です。アセチルコリンは「注意」、セロトニンは「安心」、ドーパミンは「快楽」、ノルアドレナリンは「覚醒」などといった、神経調整物質と機能を一対一対応する説明がなされることがしばしばありますが、これは正確ではありません。これらの物質は中脳や脳幹の特別な部位から脳の全体に放出され、行く先々でそこの情報処理に合わせた複雑な作用をします[9, 10]。そのため、ある神経調節物質の機能が1つだけ、というのはまずありえません。例えばセロトニンは、うつ病などに関連する物質で気分を制御すると考えられていますが、睡眠、体温調節、報酬予測、忍耐など他にも多彩な機能があります。

深層学習は最先端の人工知能技術ですが、使用するエネルギーを鑑みるとまだまだ非効率的なシステムです。将来の人工知能は、神経調節物質のようなものが実装され、課題に合わせて柔軟に学習や意思決定ができるようになるかもしれません。

3、神経振動 (Neural Oscillation)

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(脳波のなぜ?:http://www.kenn.co.jp/qa/eeg/eeg_3.htm)

さきほど神経細胞の活動は電気的で、発火によって情報が伝達される、と言いましたが、神経細胞の情報伝達の手段は、もしかしたら発火だけではないかもしれません。脳科学の多くの実験では、動物の脳に電極を刺し、周辺の電位の変化を記録します。このうち、とても早い成分が発火です。ローパスフィルターによって早い成分を除くと、ゆっくりとした電位の変化を得ることができます。脳波はこの一種です。

このゆっくりとした電位の変化は、近傍にある複数の神経細胞の活動が反映されたものと考えられており、脳の中でなんらかの役に立っているんじゃないか、という研究が進んでいます。最も有名な例は、2014年ノーベル生理学賞を受賞した、John O'Keefeらによる海馬のPhase Precessionでしょう[11]。短期記憶の形成に欠かせない脳部位である海馬ですが、場所細胞といって、動物が空間内の特定の領域にいるときに強く活動する細胞を含んでいます。ただの細胞が空間の位置情報を持つことは不思議な気がしますが、これを可能にしているのがシータ波 (4-8Hz) の神経振動信号であると考えられています。

深層学習は、勾配降下法を用いて各計算ユニットの重みを決定していますが、将来の人工知能は複数のシグナルを組み合わせて計算がなされるかもしれません。

4、グリア細胞 (Glia cells)

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(グリア細胞:https://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/3600423774bdfbabff599c197bebf8af

脳にある細胞は神経細胞だけではありません。脳には神経細胞以外に、同数程度のグリア細胞が存在しています[12]。グリア細胞は長い間、神経栄養因子の合成と分泌など神経細胞を補助する役割を担っていると考えられてきました。

しかし最近になって、グリア細胞は概日リズム、睡眠、加えて意思決定などに積極的な関与をしていることがわかってきました[13, 14]。グリア細胞には、ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、上衣細胞、手腕細胞など様々な種類があり、今後より詳細な脳における役割が明らかにされることが期待されています。

深層学習には均一の計算ユニットしかいませんが、脳の細胞は種類も多彩です。将来の人工知能は、複数のいろいろな計算ユニットが複雑にネットワークを組み、情報を互いにやり取りしながら行動を選択するのかもしれません。

終わりに

人工知能は脳科学の知見を吸収してどう進化していくのか、それとも脳とは違った独自の進化を遂げるのか、今後とも目が離せません。

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出典

1, O’Neill, J., Pleydell-Bouverie, B., Dupret, D., & Csicsvari, J. (2010). Play it again: reactivation of waking experience and memory. Trends in neurosciences, 33(5), 220-229.

2, AlphaGo, DeepMind

3, Khaligh-Razavi, S. M., & Kriegeskorte, N. (2014). Deep supervised, but not unsupervised, models may explain IT cortical representation. PLoS computational biology, 10(11), e1003915.

4, Yamins, D. L., Hong, H., Cadieu, C. F., Solomon, E. A., Seibert, D., & DiCarlo, J. J. (2014). Performance-optimized hierarchical models predict neural responses in higher visual cortex. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(23), 8619-8624.

5, Bell, C. C., Han, V., & Sawtell, N. B. (2008). Cerebellum-like structures and their implications for cerebellar function. Annu. Rev. Neurosci., 31, 1-24.

6, Diedrichsen, J., King, M., Hernandez-Castillo, C., Sereno, M., & Ivry, R. B. (2019). Universal Transform or Multiple Functionality? Understanding the Contribution of the Human Cerebellum across Task Domains. Neuron, 102(5), 918-928.

7, Raymond, J. L., & Medina, J. F. (2018). Computational principles of supervised learning in the cerebellum. Annual review of neuroscience, 41, 233-253.

8, How much energy does the brain use? BrainFacts.org

9, Harris, K. D., & Thiele, A. (2011). Cortical state and attention. Nature reviews neuroscience, 12(9), 509.

10, Lee, S. H., & Dan, Y. (2012). Neuromodulation of brain states. Neuron, 76(1), 209-222.

11, O'Keefe, J., & Recce, M. L. (1993). Phase relationship between hippocampal place units and the EEG theta rhythm. Hippocampus, 3(3), 317-330.

12, von Bartheld, C. S., Bahney, J., & Herculano‐Houzel, S. (2016). The search for true numbers of neurons and glial cells in the human brain: A review of 150 years of cell counting. Journal of Comparative Neurology, 524(18), 3865-3895.

13, Allen, N. J., & Lyons, D. A. (2018). Glia as architects of central nervous system formation and function. Science, 362(6411), 181-185.

14, Santello, M., Toni, N., & Volterra, A. (2019). Astrocyte function from information processing to cognition and cognitive impairment. Nature neuroscience, 1.

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