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【行動心理】逆境で人は強く...ならなかった

「逆境で人は強くなる」

もはや社会通念と言えるレベルで浸透しているかもしれません。

英語ではもっとキャッチーに、

"What doesn't kill you make you stronger"

と言ったりします。同じタイトルのKelly Clarksonの曲を聞いたことがある人
も多いかもしれません。かっこいいですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=Xn676-fLq7I

元々はドイツの哲学者ニーチェの言葉らしいです(ドイツ語では"Was mich nicht umbringt, macht mich stärker")。

この言葉が持つ影響力なのかどうかは不明ですが、日本でも「若い頃の苦労は買ってでもしろ」などと言われたりもします。

とりあえず、日本、ドイツ、アメリカでは少なくとも、

「逆境で人は強くなる」

は社会にかなり浸透していることが窺えます。

「ライオンは子供を崖から突き落とす」

なんて言われたりもしますね。もしかしたら「逆境で人は強くなる」は自然界の法則なのかなーなんて思っている人も多いかもしれません。

…これは実際、どの程度真実なのでしょうか?

みなさんの人生を振り返って、逆境で強くなったこと、ありますか?

ライオンは自分の子供を崖から突き落としたりしない

ライオンは子供を崖から突き落として、強く育てる…ということはないようです。オスが、群れのリーダーとなって、メスの所有権を主張し、自分の遺伝子を優先するために別のオスの子供を殺すことはあるようですが、これはライオンに限らず他の動物でも見られます。男が再婚して、妻の連れ子を虐待するとか、人間でもありますよね。

少なくともライオンは、子供の躾、選別的な文脈で自分の子供を崖から落としたりはしないようです。

Resilience(レジリエンス)とPost-traumatic Growth(心的外傷後成長)

「逆境は人を強くする」に関連する心理学的な用語として、2つあるかなと思います。

1つはレジリエンス (Resilience)です。

レジリエンス(resilience)とは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」を意味する英単語です。「レジリエントな」と形容される人物は、困難な問題、危機的な状況、ストレスといった要素に遭遇しても、すぐに立ち直ることができます。

レジリエンスとは(リクルートマネージメントソリューションズ)

最近急に聞くようになった気がします。日本ではストレス耐性の強い、レジリエンスが高い人が求められているらしいです(つら

もう1つ、心的外傷後成長 (Post-traumatic growth)というものがあります。

危機的な出来事や困難な経験との精神的な葛藤や闘いの結果、生じるポジティブな心理的変化の体験のこと (Tedeschi,2004)

https://www.direct-commu.com/terms/post-traumatic-growth/

トラウマがあっても、それを乗り越えて、人は成長していくのだという、まさに「逆境は人を強くする」そのものを表す言葉です。

どちらもすごく魅力的な言葉ですよね。社会はストレスに強い人を求めていて、人生に辛いこと、逆境があっても、それは後の人生にポジティブな影響があるのだ、と思えば、まさに人生の逆境にいる人たちにとっては救いになるのかもしれません。

逆境で人は強くならない

「逆境は人を強くする」は美しい物語です。ですが、科学的根拠が実はないです。

いや待って、私は人生で辛い時期があって、その経験があって今の私がある

と思う人は確かに多いかもしれません。Tw●tterでも、「自分は逆境にもめげず今の成功を掴んだのだ!」と曰う人たちが多くいるようです。

ただ、それは

「逆境は人を強くする」のだから、「自分は逆境を味わった」という主観的事実から、「その結果成長していないとおかしい」と、半ば公式的に導いていないでしょうか。

客観的に見て、本当にその逆境から成長しているでしょうか。

2009年にPsychological Sciencesに出版されたDoes Self-Reported Posttraumatic Growth Reflect Genuine Positive Change? (by Patricia Frazier,et al., Psychological Science, 2009.)という論文は、まさにこの問題について論じています。

アメリカでは特に「逆境で人は強くなる」ものだ、という社会通念が非常に強く、映画や音楽等の文化に染み付いており、心的外傷後成長が本当に存在するのか、ただ人々がそう思い込んでいるのか、わからなかったからです。

実験の結果、逆境の後に感じられる「主観的な成長」は

  • 客観的な成長とは無関係

  • ストレス度合と相関する

ことがわかりました。つまり、逆境を経験した後、その逆境が辛ければ辛いほど、自分は成長したんだ、と感じやすいけれども、実際は成長していない、ということです。

同じ論文で、実際の成長具合は、ストレス度合と逆相関したそうです。

実際に成長できたなら、それは逆境とは感じられない

ということです。

実際、ガチの逆境ってTw●tterとかで言えないですし、共有できる人もよほど信頼している人だけですよね

紹介した論文は学部生を対象にした実験結果ですが、よりリアルな、イラクに派遣されたオランダ兵を対象にした実験結果もあります (Changing for Better or Worse? Posttraumatic Growth Reported by Soldiers Deployed to Iraq, by Iris M. Engelhard, Miriam J. J. Lommen, and Marit Sijbrandij, Clinical Psychological Science, 2014.)。

激しい戦地に送られた兵士は、想像を絶するストレスを味わうことでしょう。この論文では、出発前の兵士479人と、出発後の5ヶ月後、15ヶ月後に調査を行いました。それによると、

戦地に行ってから5ヶ月後に感じた自己の成長は、15ヶ月後のトラウマ的ストレスと関連があった

そうです。

逆境で成長している、と感じているほど、トラウマ(心的外傷)によって自分は強く傷ついている

という結果と言えるでしょう。

逆境にいて傷ついている人に

「君はきっとその逆境に打ち勝って成長できるよ!」

とか、逆境にいてトラウマを持つ人に

「その経験で成長できたでしょ!」

とか、何かポジティブなことを言いたくなる気持ちは確かに芽生えがちですが、この論文では「逆境で成長したと感じることと、トラウマによって傷つくことに関連がある」という結果を踏まえ、「逆境で大変な人に、さらに成長のプレッシャーをかけるのはどうなん?」(意訳)と述べています。

逆境は何の意味もなく、ただ辛いだけなのか

逆境によって人が成長できないなら、逆境はただ辛いだけなのでしょうか。そこに救いはないのでしょうか。

…強いて言えば、逆境で周りに優しくなる、ということはあるようです。

人間の認知バイアスの1つにNumeracy biasというものがあり、これは

1人が困っていたら助けるけれども、100人が困っていたら(キリがないので)助けない

というようなやつですが、逆境を経験した人はNumeracy biasに囚われにくくなる、という観察結果が得られています(Past Adversity Protects Against the Numeracy Bias in Compassion, by Daniel Lim and David DeSteno, Emotion, 2020.)。

自分は毎月メンタルヘルス系の団体に(少額ですが)寄付をしていますが、暗黒の高校時代と博士課程時代の逆境がなければしてなかったかもしれません

ただし、これも公式化せずに捉えることが大事です。つまり、逆境があれば人は優しくなれる!というのは常に正しいわけではなく、例えば自分の子供に逆境を与え続ければ、優しい子に育つ、ということはまずないだろうと思います。

というのは、逆境によってもたらされる最悪の結果の1つはトラウマですが、トラウマは他者への共感を奪うことがよく知られているからです。

逆境が必ず人を強くするわけではないですし、優しくするわけでもないです。

逆境が必ず人を深く傷つけることは、確かでしょうが。

逆境へどう向き合うか

逆境によって人はXXになる、という公式はなく、逆境の経験と自分がどう向き合うか、によって、逆境後の人生は大きく変わると言われています。

Control and the “Good Life”: Primary and Secondary Control as Distinct Indicators of Well-Being (by Erik G. Helzer and Eranda Jayawickreme, Social Psychological and Personality Science, 2015)という論文には、逆境に対しできることは大きく分けて2つあると書かれています。

1つがPrimary controlと呼ばれるもので、逆境そのものの原因を取り除いたり、逆境を生む環境自体を変えようとするようなアプローチです。アメリカ映画や、日本の少年・少女漫画でよくあるような、逆境を自らの力で捩じ伏せてその後大きく成長する系のアプローチですね。

このアプローチは、確かに逆境そのものを除くことができれば、日々また幸せに生きていけるかもしれませんが、不治の病になった、事故で歩けなくなった、隣国がミサイルを撃ってきた、など自分の力ではどうしようもない逆境は確かにあります。自分ではどうしようもない逆境に対し、自分でなんとか解決しようとしても、無力感に絶望するしかありません。

2つ目はSecondary controlと呼ばれるもので、逆境そのものではなく、逆境への自分の向き合い方を変えようとするアプローチです。逆境が自分の人生に起きた意味を捉え直したりはもちろん、そもそも逆境に自分の注意を割かないように努め、より自分の人生に大切なものにフォーカスしたり…とすることは、実はPrimary controlに比べても、人生の満足度に寄与するそうです。

終わりに

社会に生きている以上、当たり前とされている社会通念に知らず知らずのうちに影響を受けています。特に、今回のテーマである「逆境は人を強くする」「若いうちの苦労は買ってでもしろ」「博士課程、ベンチャー、スタートアップ、博士課程など厳しい環境に身を置くことでそうでない奴らに比べて圧倒的に成長できる」といったナラティブは、科学的根拠が薄いにも関わらず、(多分、社会にとっては逆境で頑張る人が増えると都合がいいので)あたかも真実みたいな顔をしていたるところで見られます。

しかし、こうしたナラティブを社会的通念として、当たり前として受け入れてしまうと、自分の力では越えられない逆境が自分の人生にいざ現れたとき無力感に絶望するよりないです。そして酒、クスリ、宗教などに救いを求め、自ら人生に逆境を追加することにもないかねないなーと、今回リサーチしてて感じました。

特に宗教は、そもそも「なぜ自分の人生に逆境があるのか」をなんとか説明して救われようという人類の営みであり、トラウマで弱った脳には入ってきやすいです。自分が留学していた学問都市にも、勉強に病んだ学生を狙ったカルトとかありました。ある程度、科学の知見を自分の中に持っていくことが、次の逆境の自衛になる…かもしれないと期待して、また次回。

引用

https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000203/#:~:text=%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%EF%BC%88resilience%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81,%E7%AB%8B%E3%81%A1%E7%9B%B4%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1111/j.1467-9280.2009.02381.x

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/2167702614549800

https://static1.squarespace.com/static/52853b8ae4b0a6c35d3f8e9d/t/5e9c36370236804358957b53/1587295801320/compassion-numeracy-bias.pdf

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1948550615576210
https://hiddenbrain.org/podcast/what-we-gain-from-pain/

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