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【行動心理】今後Computational phenotypingが期待されるワケ

Computational phenotypingとは

計算論的な表現型の決定...のような和訳になると思いますが、比較的新しい学問分野です。Phenotypingというのはもともと遺伝学の用語で、遺伝子の違いによって生じる形質の違いを決定する、といった意味がありますが、computational phenotypingはもっとざっくり、数理モデルなどを用いて個人差を定量することを目的としています。応用範囲は幅広く、心理学、脳科学のみならず、教育、マーケティングに加え、精神医学などの臨床医学にも役立つことが期待されています。

個人差が問題となるケースは無数

今まで心理学とか脳科学とかって、

「心の仕組みを解き明かす」

「脳の計算原理を理解する」

とか言って、物理の熱力学の法則みたいな、普遍の法則が人や動物の行動とか、心の動きとかにあると仮定して、それを見つけたいなーっていう研究が多かったんですよね。

確かに、脳を構成する神経細胞の活動のメカニズムとか、人の目に見えない非常に小さいスケールでは、動物であれ人間であれ同一の、普遍的な原理が存在しています。(高校の生物とかで習う)Na+チャネルが開いて、活動電位が上がって、ちょっと遅れてK+チャネルが開いて、Na+チャネルが閉じて、活動電位が下がって...という神経細胞の活動メカニズムは、人間もネズミも一緒です。

しかし、同一種であるはずの人間同士の行動を比べてみると、同じ刺激に対する反応が人によって違うことはしょっちゅうです。

人を対象とした心理学や脳科学の研究では、同じ心理タスクを与えても行動の個人差が大きすぎるため、被験者の数を増やしてそのばらつきを抑えようとするのが一般的です。人間の行動心理・脳には普遍原理があるはずで、個人差はそこに乗ってるノイズと見なしているわけです。

しかし、現実世界では、脳の普遍原理とかそんなことより、個人差が問題になるケースが非常に多いです。

同じCMを見たら人類全員同じ行動をするなら、マーケターとしては楽なのですが、もちろん買ってくれる人もいれば買ってくれない人もいます。だからこそマーケティングという仕事があるとも言えます。

画一的な義務教育を普及させても、生徒の学習の習熟度には必ず差が生まれてしまいます。だからこそ塾や家庭教師のようなフォローアップの役割を持つ仕事があります。

精神医学における個人差はより深刻で、同じような症状でうつ病と診断された患者さんでも、Aさんにはこの薬が効いたけど、Bさんには全く効かない...ということが起こります。だからこそ、患者一人一人に向き合って適切な処方箋を出していく、医師という職業があります。

こうして見てみると、世の中の仕事の多くは、個人差と向き合っていることがわかります。

データと数学を武器に個人差と向き合う

世の中が個人差と向き合っている以上、個人差と向き合う学問が求められるのは当然です。Computational phenotypingでは、特に、個人の脳や行動のデータに数理モデルをフィットすることで、そこから得られたモデルパラメーターを用いて個人差を定量しようと試みます。

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(引用1図1)

上の図はそのイメージです。

1. 人間には様々な認知プロセス、生物学的システムが動いている

2. それが、刺激に対して様々な応答を生み、脳活動や行動といった観測されるデータになる

3. そのデータに対し、数理モデルをフィットし、モデルパラメーターを抽出する

4. そのパラメーターにより、個人差を定量する

という流れですね。ここでは、どういうデータがあるとよくて、どういうモデリングが適用できるのかについて、ざっくり見ていきたいと思います。

Computational phenotypingにあるとよいデータ

個人差を表現することができるようなデータが良いことは、言うまでもありません。個人差、個性と言い換えてもいいかもしれませんが、心理学の伝統的には以下の5つの要素が大事だと言われています。

「誠実性 (Conscientiousness)」「外向性 (Extraversion)」「協調性 (Agreeableness)」「神経症的傾向 (Neuroticism)」「開放性 (Openness)」

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(引用2)

もちろんこれが全てではなく(回復力resilienceなど最近よく聞きますね)、様々な状況にその人がどう応答したか、そのときの脳活動(fMRI、脳波など)・生理学的活動(瞳孔・心拍など)はどうだったかが観察できれば、その人の個性についてより深い洞察を得ることが可能になります。

従来、こうしたデータは心理テストや、実験室での行動実験などで得られてきました。しかしこうした状況設定は現実に即しているとは必ずしも言えず、得られるデータ量も限定的です。今後、位置情報や購買行動、SNS上の行動など含めた現実世界における行動データはもちろんのこと、現実では起こり得ないような非日常的な状況においてその人がどう反応するか、ゲームやVRを用いて、(プライバシーに配慮した形で)よりリッチなビッグデータを集める流れになっていくと考えられます。

Computational phenotypingで使われるモデル

従来は因子分析といった比較的単純な次元削減手法が主流でしたが、昨今はそれに加え、ベイズ統計学や強化学習など、あらゆる数理アプローチが適用されます。

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(引用1)

↑は単純な金銭的意思決定に関する行動データを、強化学習のモデルを用いてフィットし、そのパラメーターである学習率 (learning rate)の違いで被験者1, 2, 3の個人差を定量しています。

いずれのモデルを使うにせよ、注意が必要なのは

そのモデルパラメーターが表現するのは、本当に個人差なのか?

という問題意識を分析者が忘れないようにすることです。

例えば、人間も含むあらゆる動物には、発達段階というのがあります。特に人間の思春期は脳・身体共に著しい発達段階にあり、思春期の人間は、例えば「反実仮想が苦手」という傾向があります(引用3)。つまり、生徒に対して「人の迷惑になることをしてはいけない」という指導がしばしば言われると思いますが、思春期の生徒からすれば「自分があの人だったら、こういうことされたら嫌だろうなぁ」と想像するのが難しいのです。

このように発達段階など、生物学的な特徴を考慮しないまま分析を行うと、個性だと思っていたパラメーターが実はただの年代差でした、といったようなことが起こり得ます。

最後に

様々なビッグデータが生まれ、共有され、そして機械学習をはじめとするモデリング手法が広く普及した現在、computational phenotypingが花開く土壌ができつつあるのかなと感じます。今後よりこの分野が強化され、データドリブンなパーソナライズド・マーケティング、教育、医療などが普及するといいですね。

引用

1. Patzelt, E. H., Hartley, C. A., & Gershman, S. J. (2018). Computational phenotyping: using models to understand individual differences in personality, development, and mental illness. Personality Neuroscience, 1.

2. https://articlevalley.com/overview-of-the-big-five-personality-assessment/

3. Palminteri, S., Kilford, E. J., Coricelli, G., & Blakemore, S. J. (2016). The computational development of reinforcement learning during adolescence. PLoS computational biology, 12(6).

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