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距離間・距離感

かれこれ10年前のこと。
職場の入口際にある受付から内線が鳴った。

「〇〇とおっしゃる男性が、尋ねたいことがあると、今、受付にいらっしゃいます。誰にお願いしていいのかわからないのですが、対応していただけませんか。」

誰にお願いしていいのかわからない。

この人ならなんとかしてくれるだろうと頼られているのか、この人ならイヤな返事せずとりあえず引き受けてくれるだろうと思われているのか、その真意を確認したことはないけど、このような役目を引き受けることが多い。

事務室から遠目に見えるその姿は、音大というこの職場の雰囲気とかけ離れた風貌。見知らぬ人と話すことに抵抗がなく、むしろ好きな方だ。来学の目的を探りながらエントランスホールまで足を運んだ。

50、60代くらいと思われるその男性は、挨拶を交わすや否や私にソファーへの着席を勧めた。庭の如く施設に足を踏み入れるその態度に呆気に取られつつ「ありがとうございます」と言ってしまった自分に苦笑する。


中庭に向かって横並びのソファー。2人分程度の距離を空け、向き合えるように腰をおろしたところ、用件を尋ねる間もなく一方的に話し始めた彼は、この大学に以前勤務していた故人の墓地を探しているという。そうまとめると話は簡単に思えるけど、「墓地を探している」というこの目的に辿り着くまで、1時間は経過していた。それまで写真を広げ、カセットテープを流し、故人との思い出を永遠語り続けたのだ。

そう、彼は片手にカセットデッキを抱えて現れた。半袖、短パン、サンダル、カセットデッキ。一見、昭和時代の浜辺で見かける出立ちだ。

カセットテープには、故人の声が収録されていた。ここに来て誰かに必ずその音声を聞いてもらう。聞いてくれる人がいる。そう信じて疑わなかったのか。

「いやー長いこと聞いてくださってありがとう。楽しかった。色んなこと思い出しましたよ。それじゃ、詳細わかったらここに連絡ください。」

楽しかったならよかった。単純にそう思った。

誰にお願いしていいのかわからない。

わからないのに、知らないのに、その人も私に思いを託した。私がどのような人物かも知らず。

私のいいところってどんなところですか。

以前、同僚に聞きまくった。私の強みを知りたくて。そのなかで最も印象に残った言葉。適度な距離間と俯瞰。

適度な距離間を取るのが上手です。誰とでも話せるでしょ⁈女性が最も苦手に感じるところだと思いますけど、話をしていて性別を感じないというか。自然に相手との距離間をうまくとっているんだと思います。個人的な感情抜きに俯瞰している。だからいろんなタイプの人が、あなたを信じて、飾らず、話をするんだと思います。そして、人を裏切らない。

その後、その墓地の正確な住所を探す私の旅が始まった。旅というのは大げさかもしれないけど、本当に旅だった。

手がかりは、スペイン、サッカー場の近く、イエズス会士。たったその3つだ。

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