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映画『ロブスター』のラスト考察 ネタバレあり 

この監督の特徴でもありますが、この作品に関しても結末がどうなったかはあえて提示せずに解釈は観客に委ねさせる形になっています。
脚本の出来にもよりますが、投げっぱなしではないもう一度考える事ができる作品は結果として作品への没入感が深まるので僕としては好きです。

余談はここまでにして本題に入ります。

この作品のラストを簡単に書くと
『失明した女性を連れてコミュニティを抜け出したデイビッドは街中のダイナーでの食事中に彼女から「貴方も失明する事で私と対等の立場になって欲しい」と暗にお願いされます。
そこでナイフを持ってトイレに入り自身の目を潰そうとするデイビッドですが、中々実行できず、それを席に座りながらいつまでも待つ彼女』…という所で終わるので、彼女のために失明するのか否かデイビッドがどちらの決断に至ったかは明示されません。

結論から言うと私はデイビッドは目を潰せずに彼女の元から逃げてホテルに戻りロブスターになったと思います。

そう思った理由を書いていきます。

まず、彼女が「貴方も失明して欲しい」という非常に極端なお願いをするに至った理由です。
それは何よりまずこの世界では独り身になる事があまりにもリスクがあり過ぎるからだと思います。
独身者は強制的にホテルに収容されて45日以内に配偶者を見付けないと動物に変えられてしまいますし、そうした法律があるからこそ街中では一人で歩いているだけで警察官から職務質問されてしまいます。

その事からこの世界では「カップル」というのは「愛する人といる」事よりも「自分の身を保全する手段」という意味合いが強くなっています。
なのでその関係を永らえるための「保証」が欲しいわけです。
その保証を得たいがために盲目という弱い立場となった彼女はデイビッドにも同じ条件になる事を求め、ホテルで出会った薄情な女は彼の兄を殺す事でデイビッドも本当に薄情な人間かどうかを見極めようとしました。
配偶者を見付けられたのが「美しいブロンドの髪をなびかせた巨乳ちゃん」ではなく彼女の親友の「鼻血をよく出す体質」という欠点があるモサい女の子だった事からもわかります。

鼻血をよく出す体質である彼女と結ばれるためにデイビッドの友人であるジョンも自身の鼻を痛めつける事で物理的に鼻血を出して「実は自分も鼻血がよく出る体質なんだ」だと嘘を付くことで彼女を射止めました。
弱点は共有できればそれこそが一体感、そして結束を生みます。
見た目が良く欠点がないというのはデイビッドの妻の様にいつ心代わりするかもしれない不安要素でしかないのです。

それを前提に具体的に先述の結論に至った理由を書いていきます。
この世界では配偶者を見付けられないと動物にされてしまいますが、どの動物になるのかは事前に本人が指定しておくことができます。
デイビッドは題名にもなっている「ロブスター」を選びました。
その理由は「貴族みたいに由緒がある。100年生きられる。死ぬまで生殖能力を保てる。あと海が好き」だからとの事です。
職員曰く大半の人間は「犬」を選ぶのでこの選択は珍しいそうです。
この事から推測できるのは彼が貴賤と生存する事を重視していて性行為とその機能を保つ事、それとおそらく「海」から連想するイメージとして「自由」に対して強い欲求があるという事です。
視力という身体機能を失えば性行為の楽しみも頻度も低下する事は間違いないですし、双方共に盲目のカップルとなると自由はなくなり、生き抜く事の難度もかなり高くなります。豊かな生活を維持する事も難しくなるでしょう。
デイビッドが作中で強い感情を見せたのは兄の亡骸を見つけた時と、メイドに尻コキで寸止めをくらった時(笑)くらいでした。

そして彼は期間内に配偶者を見付けないと先述のようなリスクがあるにも関わらず容姿が悪いおばちゃんからのアプローチには断固として、主体性のない事が明らかな彼としては意外な程に明確に拒否しています。
その一方でブロンドの巨乳ちゃんにアプローチをかけ…さらにはどう見ても配偶者としては地雷な…実際に周囲からの評判もかなり悪い「薄情な女」を「ショートカットが好きだから」という理由で選んでいます。
(お試し同棲中に彼女とは性格だけでなく性癖から何から何まで全くあわない事が解りますが、彼はそれを我慢さえします)
つまり彼は人間の見た目(視覚的情報)をかなり重視している事が解ります。
そんな彼が「愛のために失明する」という選択を選ぶでしょうか?

以上の事からあらすじから最後までを想像すると…

妻にフラれて独り身となったデイビッドはホテルに収容されるが、自由とSEXを愛する彼は規則だらけのホテルでの生活に嫌気がさしてくる。
そんな中、人間としての生存への危機まで生じた事でホテルから逃げ出したデイヴィッドはコミュニティに入るも、一見は自由に見えたその場所もそれはそれで柵や規則だらけだった事でまた嫌気がさしてきて「彼女」を連れてまた逃げ出す。
コミュニティでの生活の中で彼女との間に真実の「愛」を育めていたと考えていたデイヴィッドだったが、彼女からは「愛」ではなく「関係存続」のための「保証」を強いられる。
ホテル(社会)での生活もコミュニティ(裏社会)での生活にも適応できず、愛を見付ける事もできなかったデイビッドにはもう逃げる先がなく、それなら動物になった方がまだマシだと思いホテルに戻ってロブスターになった。
(スタッフロールにはさざ波の音が流れている)

という事なのではないでしょうか?
役割の押し付けやそこからくる脅迫観念等の社会風刺を比喩を用いる事で寓話の様な不思議な世界観として創り上げたのだと思います。
いつも独特な世界観と視聴体験を与えてくれるヨルゴス・ランティモス監督、次回作も凄く楽しみです。

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