見出し画像

『箱男と、ベルリンへ行く。』(七)

『ストライク・ジャーマニー』(1)
 
こうして、ベルリンにたどりつき、宿に収まったのが、夜の九時頃でしたか。
飛行機に乗ると、自分がいつ何を食べたのか、そして、今食べているのは結局何食なのか、いつも分からなくなります。それに、結局目的地に着くと、本当に腹が減っているのか、怪しいにもかかわらず、食事を摂ることになりがちです。
しかし、もう九時過ぎ、レストランが開いていたとしても、「え? 今から注文するの?」という白い眼を向けられるかもしれません。ヨーロッパの夜は、クラブなどを除いて、おおむね早いものです。ベルリンの食事事情に明るくない我々は、もちろんソーセージやザワークラウトなどが食べたい所ではありますが、結局、いつものアレをむさぼり食べました。

嬉しそう!


そう、ケバブです。こんな時、ケバブショップはあなたの味方なのです。
ちなみに説明しておくと、ケバブはヨーロッパ民にとっての国民食と言っても過言ではありません。どの国にも、あなたの近くにケバブショップは存在してくれます。そして、大概夜の早いヨーロッパにあって、夜中まであなたを待ってくれています。
かつ、ケバブショップの内装は、ロンドンでも、パリでも、ほとんど万国共通。ベルリンの我々の宿からほど近いケバブショップ『SEVER IMBISS』(読み方はわかりません)さんも、生涯一度も訪れたことがないはずで、初めてのはずなのに、どこか懐かしさを覚えます。
ケバブ万歳。
そのお隣のイギリスでいうところのニュースエージェント(ドイツ語では何て言うんでしょうか? キオスク?)で、ビールを調達し、宿に戻って、ひとまず乾杯。
 

おなじみの店内。


事前の、なんとなくの噂では、ドイツではだいたい英語が通じるからひとまず安心だよ的な言説を信じていたわけですが、(別に英語が達者でもない私にとって、それがなんの安心材料なのかよく分からないわけですが、)、ケバブショップでも、キオスクでも、ほとんど、というか、まったく!英語が通じませんでした。これ、ミニ情報です。こんなことならば、ちょっとだけでもドイツ語勉強していけばよかった。
 
ケバブもなんなく平らげ、ビールも数本、オジさん三人、一つ屋根の下で数日、これから暮らすことになります。時刻は夜半前、いつもなら、ここからが本番という感じですが、なにせ、明日があります。
そう、次の日、17日は、とうとう映画『箱男』のプレミア上映。
朝も早いはず。
とはいえ、その時点で、次の日の予定は、定かではなく、朝、9時から大本営が宿営するホテルで打ち合わせ、としか我々には分かっていません。意外に不安です。
『国際映画祭とはいえ、結構、成り行き任せなんだなぁ』
あくまで映画祭初体験の私が感じた所感です。
『ま、わからないことを案じても仕方がない、ひとまず、屁こいて寝よう』ということで、早々にベッドイン。いつも、撮影初日や、なにかイベント事がある前日、必ずといっていいほど、目がさえてしまうたちなのですが、その日はさすがに長いフライトで疲労していたのか、つるんと眠りに落ちることができました。
 

ミニ箱男さんも、ドイツビールで乾杯です。


と、こんな話しを書いていても、一向に面白くない気がしてきました。
一応、穏やかならぬタイトルをつけてしまったわけですし。
ご存じの通り、というか、おそらく、大方、もう忘れてしまいましたよね。そんなもんです。そんなもんで、一向にかまいません。それが今の時代なのですから。
今年のベルリン国際映画祭に参加することは、その行為そのもの自体に政治的態度が現れるとされました。
私が、そう考えるかどうか、それはひとまず置いておいて、しかし、今年ベルリン国際映画祭に参加する以上、そのことに触れないわけにはいかないでしょう。
 
一応、前提を整理しましょう。
去年、2023年、10月7日、ハマスがイスラエル領内に侵入、民間人を攻撃し、兵士民間人併せて200人以上の人質を自領土へ連れ去りました。
これを契機に、イスラエルは即時反転攻撃を開始、ハマスの攻撃から数時間後には軍がガザへと侵攻したといいます。
それ以来、現時点(4/11現在)にいたるまで、実に半年以上も、戦闘は続いています。
いや、それはいまや戦闘とは呼べず、イスラエルによる、ガザ住民に対する一方的な虐殺である、さらには「民族浄化」であるという見方が大勢を占めているようです。
日本の「しかるべき人々」もこのことにいち早く反応しました。目に見える形での反応を、少なくとも我々が「いち早く」知ることができるのは、SNSのおかげです。ただし、これは注意しておかねばならないことですが、SNSで見える反応は、「一部」です。当たり前ですね。
 
さて、様々なことをはしょり、話題を「ドイツ」に移しますと、2023年12月29日、南アフリカが国際司法裁判所に、ガザにおいて大量虐殺を行っているとしてイスラエルを提訴しました。これに対してイスラエルのネタニヤフ首相は「血の中傷を、拒絶する」として、否認します。
年をまたぎ、1月11日から二日間審理が行われました。その審理中、1月12日、ドイツ政府が以下の声明を出します。
・イスラエルに対する大量虐殺の非難はまったく根拠がない。
・南アフリカによる、国連ジェノサイド条約の政治的利用だ。
・ドイツの歴史とホロコーストという人道的罪に鑑み、政府は特にジェノサイド条約を守るよう取り組んでいる。
などとして、イスラエル支援を表明しました。
かつ、ドイツの警察組織などは、「ホロコースト」「ジェノサイド」などと言う語を、イスラエルの軍事行動に対して、使用することを禁止したといいます。
 
これら一連に対する理解の深度は、人それぞれの知識に委ねられています。『血の中傷』にしても、ほとんどの日本人はにわかに理解できないかもしれません。そしてなぜ、ドイツが「ホロコースト」をイスラエルの行いに対して使用することを禁じようとするのか、ここにも複雑な歴史的文脈が絡みます。残念ながら、それらをひもとく時間はここにはありません。(にわかにネット知識を得たとしても、それがわかったことにはならないと私は特に考えています)
 
一つはっきりしたことは、ドイツがイスラエル支援を表明したということ。
このことを契機に、匿名の運動家が「Strike Germany」という連帯を呼びかけました。(実際には少しはやく1月9日前後にサイトが立ち上がったようです)
彼らの主張は、まあ、サイトを見れば一目瞭然なので、詳細は省くとして、つまり、ドイツ政府の上記の声明の以前より親パレスチナ的文化活動に対する抑圧が行われていることへのプロテストとしてドイツ文化活動へのボイコットを呼びかけるというものです。
発信源はどうやら『ベルリン』でした。
一つの争点を作り出し、イエスかノーかを迫る、運動体の典型的な方法です。
 
この『ドイツ文化活動』には、もちろんベルリン国際映画祭も含まれています。
ベルリン国際映画祭の運営にはドイツ連邦政府文化メディア省も加わっています。
文化メディア省の主張と、ドイツ政府の声明が違っているということはあり得ず、ベルリン国際映画祭もまた、暗に先のドイツ政府の声明を支持しているということになろうという見方は避けられません。
もちろん、ベルリン国際映画祭は独自かに見えるステートメントを開催約一ヶ月前に発表しました。
https://www.berlinale.de/en/2024/news-press-releases/249881.html
要約すれば、
・映画祭は平和的な対話と出会いと交流の場である。
・中東やその他の地域における人道的危機、その犠牲者に哀悼の意を表する。
・反ユダヤ主義、反イスラム、ヘイトスピーチがドイツと世界で拡がっていることを懸念する。
・差別に対して毅然と立ち向かう。異文化理解に努める。
とのこと。
しかし、これは、移民排斥などを過激に主張するNPD(極右政党)議員をベルリン国際映画祭の来賓とするか否かでもめた末に出したステートメントという意味あいが強く、イスラエルをめぐるドイツ政府の態度に対する批判に目配せした内容を既成事実として付加した意図が見て取れます。
(また、これは映画祭終了後の出来事であるが、観客賞を獲ったドキュメンタリー映画のイスラエル人監督の発言を「偏った」発言だと、ベルリン市長が問題視したという顛末を産む。そうしたことからも、ベルリン国際映画祭の体質は、現場のプログラマー、キュレーターは置いておき、上部構造として、かなりの親イスラエルということがはっきりしてしまった)
全ては網羅できませんが、ざっと今年のベルリン国際映画祭が、上記のような「問題」をはらんでいました。
 
一方、日本ではごく小規模ながら、「そのようなベルリン国際映画祭へ無邪気に参加するとはいかがなものか?」というニュアンスのツイート(現ポスト)が散見されました。映画祭参加者に対しリプライも飛ばされたりしていたそうです。
また「ストライク・ジャーマニー」への賛同を表明する映画人も少なからずおり、それは、つまり、先ほども触れましたが、新たに作り出された争点によって、ベルリン国際映画祭参加がすなわち親イスラエル的態度であるという文脈が作り出されましたことを意味します。イエスかノーか、敵か味方かをファナティック迫る磁場があっという間に生まれたわけです。(そしてあっという間に忘れ去られる、ということを、繰り返しているわけですね)
 
結果的として私は(もはやタイトルから自明なわけですが)ベルリン国際映画祭に参加しました。この私の振る舞いが、親イスラエル的だとも考えていませんし、『民族浄化』への加担だとはまったく考えていません。
ただ一つ、先ほどもうした磁場に絡め取られまいという意識ははっきりとありました。
 
次回は、少し、私の『政治的立場』に関してしたためてみましょう。

(「ストライク・ジャーマニー」(2)へ続きます)

(いながききよたか)


よろしければ、サポート頂けますと幸いです。