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『箱男と、ベルリンへ行く。』(三)

・『14時間座りつづけることに耐えること』

私のフライトは、羽田からシャルル・ド・ゴール空港をへて、ブランデンブルク空港に到着するというものでした。ちなみに現在、東京からベルリンへの直行便はありません。

パリまでは14時間ほどの予定。本来ならば、もう少し時間を短縮できるはずですが、現在、西側諸国(というか親ロシア国以外)の航空会社は、ロシアの上空を飛べないことになっている関係上、おおきな迂回をしなければならないのが14時間も費やされる主な理由です。
ロシアはウクライナを攻撃し、ウクライナはそれに応戦している、そういう戦争が今なお行われています。一刻も早い停戦を望みます。
そういうわけで、我々を乗せた飛行機は北極の上を通過し、どちらかと言えば、東回りでヨーロッパを目指すわけです。

14時間強のフライトは本当につらいものです。14時間ぶっ続けで、約50センチ×80センチ四方の空間に座り続けなければならない、考えただけでも怖じ気が湧きます。いかに時間をやり過ごすか、いやでも考えざるをえません。

これはAir France機内の様子。私は少しご機嫌ななめに見えますが、寝起きなだけです。
見切れているナイスガイは三峰氏、関さんは窓外の景色に夢中です。

一番いいのは「寝ること」でしょう。若い頃、なんどかヨーロッパを往復していたことがありますが、そのころはよかった。狭いシートも苦にすること無く無限に眠れた気がします。が、今は身体がいうことをききません。すぐに腰が痛くなり、起きてしまう。
去年、久しぶりに洋行して、ようやく自分はもう若くはないのだということに気付きました。

私として、「寝ること」の次にいいなと思うことは「読むこと」です。
飛行機に乗る際、私は必ず本を持ち込むようにしています。別に持ち込んだ本を一切読まないこともあるのですが、持っているとなんだか安心します。時間を潰せずもうどうしようもなくなったら、最悪本を読めばいいと覚悟できるからです。
では、どんな本をチョイスするか。

フランス文学者の鹿島茂さんは、海外渡航の際、目的地の歴史にまつわる本を読むとおっしゃっていました。とてもいいと思います。
私の場合は、赴く国の文豪、いわゆる国民作家と言われるような作家の作品を携帯することにしています。そして、できるだけ、そうでもしないとなかなか手に取らないだろう作品。
去年の10月、ロンドンに赴いた際はコンラッドの「ロード・ジム」にしました。

死ぬまでの夢は、講談社の世界文学全集全103冊を読み切ること。
読むまで死ねるか。


超有名で、しかし「闇の奥」ほどではない、おそらくよほど英文学が好きな方以外はなかなか読む機会はないが、それでいてとても重要な作品。
私は同作をずっと読みたいと思いながら、つい後回しにしていました。「じゃ、ロンドンにも行くし、この際、ロード・ジムを読破するか」と思い切って読み始め、帰国後数日で読み終わりました。とてもよかった。
(イギリスに持って行った理由は、コンラッドが、ウクライナのポーランド貴族出身でありながらイギリスへの亡命作家であったことも大きくありました)
今回のベルリン行の相棒はトマス・マンの「トニオ・クレーガー」にしました。
本当は、『箱男』を再読しておくべきであることは、重々承知しています。しかし、言っておきますが、シナリオ執筆時、それはもう5年も6年も前のことなわけですが、当時、私は『小説『箱男』に向き合った時間世界選手権』というものがあろうことなら、一応、銅メダルくらいは獲ってもおかしくないほど、『箱男』を読んでおりました。もちろん数年前のことなので健忘症の私ですから、微細に入って覚えているわけではないとはいえ、どうせなら未読のものを読みたいと考えた結果の「トニオ・クレーガー」です。

そういえば、コンラッドもマンも共に映画化されていますね。
マンは『ヴェニスに死す』を、コンラッドは、『闇の奥』、『ロード・ジム』共に、、、


私は、英文学にも増して、独文学に暗く、シラーもゲーテも手を出せていません。いわんやマンに至っては……。しかし、現代日本文学を理解するためには、マンは必ず通らねばならないという何かしらの圧を昔から感じてきました。OK、じゃあ、この際、飛行機で読めばいいじゃないか、読む時間なら無限にあるのだから。
こう考えると、14時間の苦行という逆境も跳ね返せそうです。
しかし……、前回のロンドン行はポーランド航空、非常にお尻が痛かった。それを忘れるために『ロード・ジム』に耽ったものですが、今回のベルリン行きは、日本航空、思いのほか、座席が快適だったのです。別に、JALの回し者でも、ポーランド航空をおとしめたいわけでもなく、ただの実感です。それに、ビールもエビス、キリン、サントリーと揃っており、ウィスキーやワインも快く配ってくれる大盤振る舞い。調子に乗って、ビールをがぶがぶ飲んでいたら、飛行機の上って、地上よりも酔いが回る気がするんですよね、良い気分で就寝、シャルル・ド・ゴール空港までおおよそ寝て過ごせた次第です。一番いい過ごし方「寝ること」ができてよかった。
「トニオ・クレーガー」、全く読まなかったわけではなく、さわりは読みました。が、以降、帰国まで開くことなく……、ただ、日本からドイツに運んで、ドイツから日本へ持って帰って来ただけに終わりました。
でもいいのです、先ほども申したとおり、私にとって本はフライトのお守りですから。

あまり関係ありませんが、安部真知さんの「森」という絵画です。おそらく鉛筆画のようですね。
真知さんは、安部公房さんの妻であり、美術家でもありました。

(いながききよたか)


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