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慈雨

だいたい月に一回くらいの割合で、メンタルクリニックに通っています。
清潔な医院で、壁やマットの色も柔らかく、明かりも眩しすぎず、暗すぎず、よく設計されているな、と思います。
受付の二人の女性も物腰がやわらかくて、丁寧で親切です。
育てるのにけっこう手間のかかる観葉植物の鉢がいくつか配され、そこにも気持ちを和らげるよう配慮がされているのを感じます。
椅子は硬すぎず、柔らかすぎず、適度に体を沈ませてくれます。
開業してどれくらい経つのか分かりませんが、古びた印象もなく、常にバロックが流れていて優雅とも言える空間に成っています。

でも、クリニックが苦手です。
たぶん、先生(男性)と合わないんだと思います。

名前を呼ばれて、診療室に入っていく足取りが重いです。いつもそうです。
お願いします、と言って椅子に腰かけます。
「どう、調子」と訊かれます。
私は、ぽつりぽつりと、答えます。眠れない、とか頭から裂ける感じがする、とか、そんな感じです。
この先生を目の前にすると、どういうわけか言葉が出なくなります。
「う〜ん、困ったねぇ」と毎回言われます。
「前よりも悪くなってるよ?」とも言われます。
そんなこと言われても、私にはどうすることもできません。悪くなってる、と言われたって、私にどうしろというのでしょうか。なんでそんな言葉を私に振るのでしょうか。

おそらく、先生は、気持ちを汲み取るとか他者に寄り添うとか、そういうのができない人なんだと思います。そしてたぶん、闇を知らない人なんだと思います。知ってたら、もっと温かくなれるはず。(ひどい言い方してるな、私。ごめんなさい、先生。)
症状を聞いて処方箋を出すことはできるけど、それ以上を求めても何も出てこない。

(私が求めているのは、こういうことじゃないんだ、と気づいていますが、求めているカウンセリングに行こうと考えても、1回5万円くらいの料金がかかります。とてもじゃないけど通えません。)

処方された薬を飲んで、あとは耐えます。
春先や秋口に香る花を楽しみに、季節を越えていきます。
睡眠薬は処方されず、副作用で眠気が出てくる薬をもらっています。
何回も薬は変わっていますが、あんまり効果は無くて、私の眠りは浅く、分断されています。

来週の月曜日、クリニックに行く日です。
行きたくない。話したくない。道を聞いてくる外国人さんのほうがずっと、気持ちが通い合うような気がする。
もう何年前か分かりませんが、クリニックに通い始めた頃、先生が言いました。
「僕ね、精神科は死なないからやってるの。他のさ、外科とか内科とか、死んじゃうでしょ。死んじゃうのヤダから、精神科選んだの」
私にとっては、まあまあな衝撃発言でした。この人、何も解ってない。死ぬわ。大勢、死んでるわ。

人に寄り添うとか、気持ちを汲み取るとかって、医者としての前に、まず人としての素養を問われていると思うのですが、私が求めすぎなのかなぁ。
先生は、患者に寄りかかって来てほしくなくて(重荷だし負担になっちゃうから)、線を引いてるのかもしれない。

10分もかからない診察時間の中で、いつも私は心を閉じて、一方通行の会話に乗れないまま、診察室をあとにします。
「ありがとうございました」と小さい声で口に出すのが精一杯です。「じゃあね、お大事にー」という返事もこちらを見るでもなく、PCの画面に釘付けのままです。「そういうとこだよね」と、私は独り言ちます。

だけど、仕方がない。

人に求めすぎず、寄りかかりすぎず、私は自分で己を立ち上がらせて歩んで行かないといけない。
そう思いつつ、天を仰ぐ。

ではまた明日。
読んでくださってありがとうございます。
おやすみなさい。

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