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内省よしあし

「家にいる時間が長いと、どうしても思考が内向きになります」
なんとなく出た言葉だったけど、それはすこし切実な響きも含んでいたかもしれない。

時間があるというのは善し悪しあって、よい面から見れば、まとまった時間で普段考えられないことについて考えを深めることができる。一方、よくない面もたしかにあって、それは自分の声が、とりわけ自分を責める声が、聞こえすぎること。

ひとを追い詰めるのは、結局は自分自身の声かもしれない。
ひとつの失敗とか、人に言われたこととか、そんな小さなことが、考えるほどに自信の中で増幅されてしまって、もとの出来事の原型がなくなっても、自分が自分を責めるという構図だけが残ることも。

しかしそんな恐ろしき(?)悪癖との付き合いも長いもので、最近は少しばかりの抵抗も試みている。

人に話すこと。
あまりに落ち込んでしまう前に、少しずつ誰かに相談してみる。
客観的な目線から話してもらえると、意外と考えすぎだったり、ほかの人はあまり気にしていなかったり、ということがままある。(でも直接「気にしてない」と聞くまで安心できない。しかし聞く勇気も出ない、というしょうもなさ。)

ネガティブな話ばかりしてしまうのはよくないけれど、ほんの少しずつ人に頼ってみてもいいんじゃないか、と、最近は思うようになってきた。
それぞれが持て余してしまいそうなものを、お互いに少しずつ引き受ける。(それが依存になってしまっては、よくないけれど。)

頼ることを「申し訳ない」と思うことを、罪悪感を、もしくは、「自分で対処するべき」と考えてしまう心の癖を。
できる範囲で少しずつ、自分で固めてしまった外壁を解いていくことができたら。

そうしたらもっと、世界は広がる、かも。


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