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「コミュニティのために」だけでは弱い

こんにちは。
コミュニティフリーランスの長田(@SsfRn)です。

先日、こんなツイートをしてみました。

まちと表現してしまっていますが、コミュニティ全般に同じことが言えると思ったので、このnoteではコミュニティを軸に考えていければと思います。

コミュニティ運営に関わったことがある人なら共感してもらえると思うのですが、メンバーの皆さんに「貢献的なアクションをとってほしい!」と願う瞬間ってあると思うんです。コミュニティをいい場にしたいと考える立場であれば、自然な思考ですよね。

もちろん、それをぶつけるのではなく心の中にそっとしまい込むのですが、「コミュニティのため」ファーストのアクションってあんまり良くないよなと感じています。

まちづくりでも、「このまちのために!」を軸に置きすぎた施策って、なんだかパッとしないことが多くありませんか?住民の意見を聞きすぎて、どこでもやっていることばかりやっていたり。タイトルにあるように、インパクトに”弱さ“を感じます。

それよりも、「自分はこれがしたいんだ!」が軸にあるアクションの方がまちへ大きな貢献をしているケースは珍しくありません。

「自分はこれがしたい」というある種のエゴがいいスパイスになり、そこから生まれるアウトプットはとてもユニークなものになります。(もちろんエゴだけの限界はあります)

そういうことからも、「コミュニティへの貢献」は結果論でいいと思うんです。”結果的に“、コミュニティに貢献していたという、後付け程度のものでいいんだろうなと。

そう考えた時、コミュニティで施策を生み出していく際に大事にしたいのは、「メンバーの好奇心」ファーストであることです。この人が持つエゴや好奇心がどこにあるのか?を知り、それに沿った企画を生み出していく。その出発点を間違えないことだなと。

コミュニティ内での施策をメンバーの皆さんと一緒につくっていく時、どこまで踏み込めばいいのか?と運営側は悩むポイントだと思います。「負担にならないかな?」「押し付けてしまっていないかな?」と、僕自身いつも慎重に考えるところです。

この点においても、「メンバーの好奇心」ファーストであればある程度解決することだと思っていて。自分自身の好奇心を満たせる機会であれば、そこまで嫌な気持ちになることもないし、消耗につながることもあまりないなと。

また、よく「何をやっても反応が悪くて、どんな施策を打てばいいのかわからなくなりました」という相談を受けるのですが、もしかしたら「コミュニティのため」ファーストばかりになっているかもなぁと思っています。

そんな時には、「メンバーの好奇心」もそうですが、「運営の好奇心」に沿って考えていった方が圧倒的にコミュニティのためになるんじゃないかなと。運営もコミュニティメンバーのひとりなので、自分達の好奇心にもしっかり目を向けることは重要です。じゃないと、どんどん疲弊してしまいかねません。

コミュニティの自走化(メンバーの自発性を引き出すこと)においても、この好奇心は大切なピースになると思っています。この話はまたの機会に。

それでは!


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