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あるときは料理をする人@いなわら亭、あるときはITの人、またあるときは絵描き。ファーマーズ・マーケット通いとお灸と焚書集めが趣味。好きなものはクラフトビールと漫画。音楽はメタル。エゾクロテンによく似ていると大好評で、野草を食べる習性がある。「いなわらの」と呼ばれたい。

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    常に偏っている、へんなブログです。

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    覚え書き・試作・定番などなど「いなわら亭」のレシピいろいろです。

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母の不思議な肉料理

わたしの母は、特に料理が上手いということはない。 だけど、一般に「家庭料理」とされているものはたいてい作ることができたし、調理に関しての、ちょっとしたコツを知っていたりもした。 母は元祖「ホームワーキング」の人で、自宅でずっと働いていたのに、よくそんな時間があったなぁ…と思うくらい、食事はきちんと出してくれていた。 とはいえ、母と子ども(わたしと弟)だけの食事(たとえば土曜や夏休みのお昼ごはん)には、インスタントラーメン、アルミ鍋に入ったでき合いのうどん、残ったごはんを

    • Aくんのテクノポップ読経

      高橋幸宏さんの訃報を聞いて、思い出したことがあった。 中学生だったころのことだ。 わたしが育ったのは首都圏の新興住宅地。 通った小学校も中学校も、人口の増加に合わせて急ぎで作られたため、すべてが「作りかけ」または「作ったばっかり」だった。 通っていたころには校歌もなかったし、校舎は建て増し中、体育館もプールも仕上がっておらず、校庭はまだ整備中、というホヤホヤぶり。 人口がどんどん増えていた街には子どもたちもたくさんいたから、ちょっとした実験もされた。 「実験」とは言っても

      • わたしの屋根に雪つもりつ・2022

        このタイトル「わたしの屋根に雪つもりつ」は、大島弓子の作品のタイトルだ。 実際には、この冬はまだ一度しか雪は降っていないし、海の近くのこのへんじゃ、ストームが来たところで10センチも雪は積もらない。 でも、ずうっと前…CMSやブログサービスが始まる前から、大晦日に記事を書くときはこのタイトルなので、今年もそうする。 それを始めたころは「ひと晩で1メートル」なんて積雪がよくあって、実際に雪が屋根につもったまま、新年を迎えたりもした。 2021年の春から始まって、2022年

        • 直に煮る

          とうとう、最低気温が10℃を切る日が出てきて雨も多くなり、紅葉も始まり…わたしが住む地域もすっかり秋になった。 ファーマーズ・マーケットではかぼちゃがフルラインナップ状態。 したがってトマトやズッキーニや茄子はどんどん姿を消して、春と似たような氣候で出てくる葉物が顔を出す。 わたしの手持ちの「秋茄子」もあともう少しだけ。 この夏は、枝豆を4回も食べられた。 友人から大好きな茗荷を何度もいただき、薬味に寿司に酢漬けに味噌漬けにとたっぷり楽しめた。 デッキファームで作った

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        母の不思議な肉料理

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          トマトの味と「おしゃれ」な濁り

          居酒屋などでもよくある「冷やしトマト」。 わたしも子どものころから、夏の食卓でよく出会った。 冷やしたトマトを切ったものに、塩がかかっただけの、アレ。 わたしの祖父は、祖母が菜切り包丁で丁寧に皮をむいてくし切りにしたものに、砂糖をかけて食べていた。「果物」という感覚が強い世代だったからかもしれない。 「マヨネーズをかけて食べた」「ウスターソースをかけて食べた」などの体験談も、友人・知人から聞いたことがある。 実はこの夏まで、わたしは「冷やしトマト」の美味しさが今ひとつわ

          トマトの味と「おしゃれ」な濁り

          続・母の不思議な肉料理

          わたしは、20代前半で実家を出た。 好きな人と一緒に暮らすためだったけれど、狭い団地ぐらしの相部屋を、大学生になった弟に譲ろう…という気持ちもあった。 実家にいたときには、アルバイトという形で一応は会社に勤めていたものの、それ以外は自室で絵を描くか、漫画を読んでいるか。 他の時間は台所に張り付いて、母の調理する様を見ていたり、時にはちょっとしたことを教えてもらったり、手伝ったりしていた。 長いこと氣がつかなかったが、わたしはどうやら「子どもの頃から料理が好き」だったよう

          続・母の不思議な肉料理

          OKRA大戦2022〜ガンボvsスムージーvs納豆〜

          わが街には、慈善団体が運営する、オーガニックのコミュニティ・ファームがある。 そこでこの夏、毎週ごとに繰り広げられているのが「OKRA大戦」だ。 「OKRA」とは「オクラ」。 日本人にはおなじみの夏野菜、「オクラ」だ。英語でも「Okra」という。 日本のものはシュッとしていて緑の色が濃く、種が小さいが、アメリカのものはプクッと太くて色が薄く、種が大きい。 この記事の冒頭に貼ったのが、アメリカのオクラだ。 インド系のマーケットで売っている「デシ・オクラ(デシ=緑)」が、

          OKRA大戦2022〜ガンボvsスムージーvs納豆〜

          「暮しの手帖」と「ほんとうのこと」

          子どものころ、家にあった背の高いガラス戸の本棚には、ちっとも興味をそそらない、古くさく茶ばんだ難しそうな本がいっぱいあった。 背表紙を良く見ると、古事記だの万葉集だのの日本の古典と一緒に、ロシア文学が並んでいたりした。 それはどうやら、見栄っ張りな父が、自分でも読まないくせに本棚に挿していたものだったらしい。 ちょっと興味を持って開いてみても、古書店から買ってきたらしい本は文体が旧いせいもあって、どうしてもなじめなかった。 そんな本棚の一番下、廊下にはいつくばらないと見

          「暮しの手帖」と「ほんとうのこと」

          ドリーム・タイム〜わたしとロフトと住んだ部屋〜

          米国に来る前、わたしは夢を見た。 背の高い、天井を仰ぐようなロフトに住む夢を。 子どものころから予知夢のようなものは何度も見ているし、本当にそれが実現したことが何度もある。 だから、というわけではないけれど、実際に背の高いロフトに住むことになったときは「ああ、やっぱりそうだったんだ」と、感動したものだ。 しばらく前、米国に住むようになって初めて買った家を、手放すことになった。 家は無事に売れてくれて、売却の世話になったエージェントの会社に紹介された部屋は、まあ、悪くなか

          ドリーム・タイム〜わたしとロフトと住んだ部屋〜

          わたしの料理ことはじめ〜子ども時代のヘンテコ料理

          子ども時代、週末の朝になると「ヘンテコ料理」を作って、母を困らせていた(に違いない)という話を書いた。 「料理は好きだけど、何をどうしたら美味しいものができるかわからない、でもやってみたい!」 …という、やる氣と心のエネルギーが突っ走った状態で作っていたものなので、起き抜けの母が台所にやってきたとき、その「ヘンテコ料理」が鍋いっぱいにできあがっているのを見て、さぞかし困惑したのは想像に難くない。 食卓に出てくることはなかったから、秘密裏に処分されていたのだろう。 でも、

          わたしの料理ことはじめ〜子ども時代のヘンテコ料理

          塩煮なのに何故か甘い、不思議な金柑煮

          氣まぐれで訪れたオーガニック・ストアで、ようやく出会えた「オーガニックの金柑(英語ですとKumquat)」。 皮ごと食べるものなので、コンベンショナルなものはどうしても嫌だったから、スーパーで見かけても買えなかった。 オーガニックとはいえ、農薬は使っているだろうけれど、しっかり下準備してやればずっとマシになる。 無農薬ならもっと嬉しかったけど、なかなかマイナーな柑橘なので自家栽培でもしないと難しいかもしれない。 さて、金柑というと甘露煮や果実酒、もしくは薄切りにして生で

          塩煮なのに何故か甘い、不思議な金柑煮

          料理には、心が映る

          誕生日の翌日、お寿司を持ち帰ることにした。 開店直後のお店に行って注文を済ませ、できあがるまで近隣の店で買物をして時間を過ごした。 数十分がすぎて「そろそろかな、でも少し早いかも?」…という段階でお店に戻ったら、まだまったく品物ができあがっていなかった。 いつもなら、このくらい時間を空ければできあがっているはずだけど…。 どうやら、お店のオペレーションに行き違いがあったようだった。 わたしたちには特に事後の予定はなかったので、お店の片隅に座らせてもらった。 大将が「待た

          料理には、心が映る

          シチューとスープとホワイトソース

          この話もまた「母の不思議」シリーズになってしまうのだけど…。 自分でも冬になると作るメニューなので、どうしてもこの季節には思い出してしまう。 それは「ホワイトシチュー」。 「クリームシチュー」とも言うかもしれない。 うちの支配人なぞは、ホワイトシチューそのものは好きだけれど、実母が「(いわゆる)シチューのもと」で作るものは嫌いで、料理上手の叔母がホワイトソースから作ったものが好きだった、と言う。 その違いは「できあいの『もと』を使うか」「ホワイトソースを使うか」。わたし

          シチューとスープとホワイトソース

          ヤクやめますか?それとも、人間やめますか?

          そいつを使ったとたん、人間はダメになる。 そしていずれ、そいつなしでは、いられなくなる。 その名は「ヤク」。 ここ数年、少しずつ、身につけるものを天然素材に換えている。 具体的には、肌にいちばん近い、衣類や寝具から。 アーシングができる金属糸を織り込んだシーツを取り入れたり、リネン類をすべてオーガニック・コットンに換えたり、コンフォーター(布団)を完全羽毛に換えたり、下着類を天然素材に換えたり。 地味なことではあるのだが、寝具を天然素材に換えたところ、不眠気味のわたし

          ヤクやめますか?それとも、人間やめますか?

          ナムルとピビムパプの小さな衝突

          食習慣の違いというのは、国と国の間はもちろん、国の中にだってある。 納豆のように地域で習慣が違うこともあるし、麺類のバリエーションなんて語るのがおこがましいくらいに、たくさんある。 わたしはアメリカに来て、ご年配のかたが「結構な確率でお魚の生食を嫌う」ということを知った。 こちらが日本人だとわかると、一般的なトピックとして「アメリカで和食はどうしているのか」といった話になるのだが、隣の隣の家に住まっていたご年配の夫婦は「生の魚はどうしても食べられないから、お寿司はスモー

          ナムルとピビムパプの小さな衝突

          時をこえて、大和男子はイタリアの花嫁と出合う

          そのメーカーと出会ったのは、5年くらい前だろうか。 わたしは、玄米炊飯を上手くやるために低圧が使える圧力鍋を探していた。 探索の日々を過ごすうち、わたしはイタリア製の圧力鍋を見つけた。 シュッとしたデザインが好みだったし、鍋蓋の構造が独特で面白い。マニュアルなしでこの蓋を開け閉めできるひとは、まずいないだろう。 そんな個性的なところが氣に入って、購入した。 やがてやってきた圧力鍋は大活躍の運びとなり、玄米炊飯がはかどった。 簡単な手入れだけでいつも鏡面が綺麗に保たれて

          時をこえて、大和男子はイタリアの花嫁と出合う