見出し画像

記憶の中のホットビスケット

私は決して健康優良児ではなかったように思う。入院をしたことはなかったけれど、病院は馴染み深い場所だった。高齢出産でうまれた一人娘で、母自身も体が弱い。食事にとても気を遣ってくれていたように思う。

残酷なのは、幼い頃の母の手料理の記憶が一切ないことだ。代わりに、たまのファストフード体験は鮮烈に残っている。終業式の日は帰宅するまでにお腹が空いてしまうからとファストフードに寄った。ミスタードーナツとケンタッキーフライドチキンが定番だったように思う。

ミスドでは飲茶セットをよく食べた。汁そばと透き通ったえびの蒸し物が美味しかった。スクラッチカードでポイントを貯める楽しみもあった。ケンタッキーフライドチキンではホットビスケットが大好きだった。アツアツでサクサクで、口に入れるとしっとりする。あのシロップも魔法のように感じていた。

(子どもがいかに残酷か自分が一番よく分かるから、子どもを産み育てることに願望が持てずにいる。これはまた別の機会に…)

大人になって、自分はグルテン不耐性なのだろうと悟った。小麦製品を食べると肌荒れや消化不良を起こす。粉物は大好きだったけれど、食べるのをやめるようになった。

病院の帰り、映画館がある複合施設に立ち寄った。私が観たい作品は遅い時間で合わなかったから、そそくさと帰ろうとした。通り道にフードコートが、そこにはケンタッキーフライドチキンが。

会計列に吸い寄せられた。頼みたいものを適当に頼み、一通り食べ終えて、ホットビスケットの番となった。

ドキドキした。高校生くらいからファストフード派食べていない。ましては普段控えている小麦製品。

思い出のホットビスケットより小ぶりだった。私が大きくなったのだろうか。口に入れる。うん。美味しい。懐かしい。けれど、あの時の感動はなかった。天秤にかけて食べなくても良いかなと思ってしまった。大人になるにつれて、たくさんの食事経験をしてきている。そこに勝てなかった。

シロップだけは相変わらずだった。記憶の中のホットビスケットが、一番美味しいままで良かったのかもしれない。(2020/7/25)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?