見出し画像

35話「保険会社の管理組合に対する損害賠償請求」

相手側 他社損保だと判明し 払った分を きっちり回収

 今回も水漏れに関する事例です。前回は、漏水の「被害者」が管理組合に対し損害賠償請求しましたが、今回は、被害者に保険金を支払った「保険会社」が管理組合に対し損害賠償請求したというケースです。

 管理組合からすれば、保険会社から訴訟を提起されるのは青天の霹靂でしたでしょうが、保険会社が被保険者に保険金を支払った後に第三者に責任があるとして損害賠償を求めるのは、請求権代位という正当な権利です。ただでさえマンション総合保険の収支が悪化している保険会社からすれば、今後同様のケースは増加するものと思われます(※1)。

 今回、101号室の居住者Aが火災保険を契約していた保険会社が、東京海上日動火災保険でした(以下、東京海上)。一方、本件マンションを管理するY管理組合が、マンション総合保険を契約していた保険会社が、三井住友海上火災保険でした(以下、三井住友)。

平成19年10月30日、104号室の床下ピット内の検査を行ったところ、本件排水管から漏水が生じていることが発見されました(本件排水管は、本件マンションの共用部分であり、洗面・浴室排水系統)。
Yは、三井住友に本件事故報告を行い、三井住友の依頼を受けた鑑定人(丙田鑑定人)により鑑定が行われました。

平成19年10月31日、Aは、東京海上に対し、自分の火災保険を使用する旨を連絡しました。
平成19年12月、東京海上は、丙田鑑定人に対し、三井住友の依頼とは別に損害鑑定業務等を委託したところ、すでに三井住友からの依頼に基づき101号室の損害鑑定等を行っていた同鑑定人は、東京海上に対し立会調査速報等の書面をFAXで送信しました。
東京海上は、Aに対し、平成20年2月、385万2822円を保険金として支払いました。

 しかし、東京海上は、101号室のカビや剥離は102号室及び104号室の床下排水管の亀裂による漏水事故に起因するものであるとし、本件マンションを管理するY管理組合に適切な維持を怠った過失があるとして、Yに対し、求償金支払請求権に基づき、385万2822円の支払を求めました。

 これに対し、Yは、101号室のカビや剥離は、結露の結果にすぎず、102号室及び104号室の床下排水管の亀裂による漏水被害とは関係しないなどと主張しました。

 本判決は、(1)101号室内のカビや剥離は、102号室及び104号室の床下排水管の亀裂による漏水事故に起因するものとは認められない、(2)101号室のカビ等の被害発生原因について排水管の亀裂部からの漏水と思われるとする鑑定は、その前提となる事実に誤りがあり、採用することができない、(3)また、排水管の破損がカビの発生に一定の影響を与えた可能性があるとする意見書があるが、排水管の漏水事故とカビ発生等との間に因果関係があるとは認められない、などと判断し、東京海上の本訴請求を棄却しました。

 東京海上としては、マンション管理組合が適切な維持管理をしなければならない共用部分の維持管理を怠ったことを立証できるとの自信の下で訴訟提起に踏み切りました。実際に、裁判では、丙田鑑定人の鑑定書の他、乙川鑑定人による技術士意見書も証拠として提出されました。

この種の事件では、専門家の意見が判断の重要な手掛りになります。しかし、本判決は、鑑定業務を行った2人の専門家の意見を否定しました。Y管理組合からすれば、東京海上から訴訟を提起されたのは青天の霹靂でしたでしょうが、東京海上からすれば、敗訴になったのは青天の霹靂だったことでしょう。

 ちなみに、東京海上とY管理組合との間で、101号室の損害額をめぐっても争いがありました。Yは、東京海上は、原状回復のための見積りとしているが、実際には、その造作は新築仕様の見積りとなっていて、過大な費用の計上や二重計上もみられると反論しました。かりに、東京海上が勝訴し、Yの責任が認められ、101号室の損害額を東京海上に支払う場合、Yはマンション総合保険を契約している、三井住友に保険金請求をして、支払うことになります。実際に懐が痛むのは、Yではなく三井住友なのです。よって、三井住友は、Yを全面的にバックアップし、"ライバル"東京海上と闘ったことが容易に想像できます。

形式上は、東京海上がY管理組合を訴えた構図ですが、実質は、東京海上vs三井住友の代理戦争だったのです。

※1) 2022年10月から、マンション総合保険の保険料が改定されました。ここ数年のうちに何度も値上げされてきた住宅向け火災保険料ですが、今回はその値上げ幅がさらに大きくなっているようです。保険料は、保険金の支払いに関連する過去のデータを基に算出されます。マンション総合保険の場合、台風やゲリラ豪雨などの大規模な自然災害の発生が主な要素となります。また電気・給排水設備の老朽化による火災や漏水事故などが発生しやすい傾向にある高経年マンションの増加も、その要因として考えられます。

東京地裁平成23年4月25日判決
[参考文献]
黒木松男『マンション法の判例解説』198頁

最小のサポートであなたに最大の幸福が訪れますように!(お気持ち程度で嬉しいです)