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昭和に戻ったというより、文化に対する許容度が貧困化した

こんにちは、紫陽花です。

新しい価値観にシフトしようとしない様子を、何年か前までは「昭和だ」と揶揄していたものですが、最近ではそんな揶揄もしなくなるほど、昭和っぽい価値観が定番化してしまったように感じているのは私だけでしょうか。

そこで、どうして世の中の雰囲気が古い方向へと流れていっているのか、自分なりに検討し今後の人生に役立てていきたいと思います。

まず、あまり話題にならなかったのですが、“エンゲル係数”についてのニュースがありました:


エンゲル係数が40年ぶりの高い水準を超えたとのことです。
40年前と言えば、それこそ昭和で、私が小学生だった頃であります。

確かにこの頃は、お金を払って非日常の楽しい体験をするという、平成の初期には当たり前になっていた娯楽が、それほど多くはなかった時代だったと記憶しています。

一方で、日常的な楽しみを扱うお店などは、私が当時暮らしていた地方都市でも充実しており、レコード屋さん、本屋さん、文房具屋さん、サンリオのお店などかわいい雑貨屋さん・・・など、楽しみで訪れるお店は多かったように記憶しています。

そのため、生活で当たり前に文化を楽しみやすい雰囲気というものが、今よりもむしろあったように思います。

変わって2023年はどうか言えば、食料品の高騰のおかげで、40年前と同じくらい外食をすることが少なくなりましたし、手間はかけなくても体に優しい料理を手作りすることが増えたように思います。

食費にどうしてもお金がかかるため、40年前と同様、非日常の楽しい体験にお金を使うことが、ずいぶん減りました。

40年前と違って残念だなと思うのは、街が廃墟化したりお店がなくなったりして、文化的なことを楽しむための道具や材料が、街に堂々と存在するということがなくなり、また、文化的なことを楽しむために、人々が堂々と街に集うことが減ったということです。

もちろん、家で、オンラインで、ひっそりと文化的なことを楽しむことはできるけれど、スポーツだったら堂々と楽しんで許されるようには、文化的な活動は許されなくなった雰囲気がありますよね。

以上のことから、昭和時代以来のエンゲル係数の高水準化ともにあったのは、価値観の“昭和化”というより、『文化に対する許容度の貧困化』とでも言うものかもしれませんね。

これを踏まえて、私はやっぱり、ひそかに家やオンラインで、文化的な趣味を続けていこうと思いました。

ところで、最近、自分がまだ見たことのない価値観に触れられることを期待して、若い世代の作家さんの小説を何冊か読んだのですが、そこに描かれていた価値観は意外と新しくないものだと気づかされました。

同時に、最近、与謝野晶子さんの『愛と理性の言葉』という本を読んでいます。

私には、『海外の方にポストカードを贈る』という密かな趣味があり、時々「好きな名言を書いてほしい」というリクエストを受けることがあるのですよね。そうやって名言を調べていた時に、与謝野晶子さんの名言は前々から「いいなあ」と思っていたのです。

今から100年ほど前の素敵な言葉です。負の側面を挙げてしまえば、こんなに前の時代に素敵な言葉が語られていたにも関わらず、日本という国は変わっていないんだなあと、がっかりしたりもします。

だからこそ、新しい価値観と共に生きることを説く著作物には、これからも出会い続けたいなと思います。1作品ずつ当たっては見つけていくという地味な作業を、今後も続けていこうと思っています!


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