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問い:ろう者の音楽と聴者の音楽の決定的な違いはなんだと思いますか?

先日の質問回答シリーズ第2弾です。

 この質問を下さった方がろう者なのか、聴者なのか。質問者が属するコミュニティによって視点が変わってくるのかなと思いました。しかもこれは相当な難問です。なぜなら前回もお話したように、そもそも「音楽とは何か」という問いには正解がなく、オンガクの「何に」視点を置くかで複数の回答が得られるからです。
 聾者のオンガク/聴者の音楽を「音の有無」で簡単に線引きができないのは、聴者の中にも音のないオンガクを作る人もいますし、聾者の中にも音のある音楽を手話で歌う方がいるからです。先日のトークセッションのように、音のある/ない、聾/聴を越えて共に考えることができるオンガク概念も存在します。
 例えばこの質問者が音をきいたことがない「聾者」だった場合、その方が考える「オンガク」が、音の芸術だけを音楽と考える聴者よりも、古来の哲学者や天文学者たちが考えた「オンガク」に近い世界観を持っている可能性もあります。なぜなら彼らは星空が響き合う「宇宙の音楽(ムジカムンダーナ)」を耳以外できいて真理を追究したからです。そこには物理的な「音」はありませんでした。反対に質問者が聴者の場合は、「音がないオンガクとは何か」を問う質問だった可能性もあります。

 これらの前提を踏まえて、聾者と聴者の「決定的な違い」がひとつだけあるとしたら、それは「音楽」ではなく「言語」だとお答えします。この場合の「聾者」の定義とは、音がない世界に生き、手話(日本手話)を第一言語とした文化圏に生きる人たちです。ですから例えば中途失聴で音や音楽の記憶がある方、また第一言語の音声に対応する日本語対応手話を後天的に取得した方のオンガクは、もともとの「聴者の音楽」の文化圏に入るだろうと思います。さらに、手話を第一言語として学んだCODA(聾者の両親に育てられた聴者)の方は、バイリンガル的に聾者と聴者のオンガクを内在しているだろうと思います。
  言語が違うということは、当然そこから生まれる「ウタ」が違ってきます。声で歌うか、手で歌うのか。身体に染み込んでいる言語が違うわけですから、そこから生まれるオンガク(声質/手質、リズム、旋律、ハーモニー、時間・空間など)が違うことは想像に難くありません。アカデミズムの世界でも研究が進んでいるようですが、私は言語学や人類学の専門家ではありませんので、ここでは自分の体験からお答えします。例えば聴者の場合、日本語の歌を英語に訳した時、音の旋律に英語がうまく乗らないことがあります。その逆もあります。また聴者が声で歌いながら日本語対応手話を使う手話歌が、日本手話を使う聾者にとって違和感があるというお話もよくききます。音楽よりも異言語交流としての問題ですが、言語の文法やリズムやイントネーションと音楽が密接に関わり合っていることはよくわかります。そしてこれこそが、聾者と聴者のオンガクの違いを考える時に欠かせない視点だと思います。お互いの言語、つまり文化が違うのです。

 「話す」と「歌う」はそもそもひとつだったとも言われています。野鳥のシジュウカラが「話す」と考えるのが言語学、「歌う」と考えるのが音楽学の視点です。どちらが先だったのか、実はその謎もまだ解き明かされていません。ただ、歌うと話すのどちらが先だったにしても、はじまりには「声」も「手話」もあっただろうと想像します。そこには「伝える」「表現する」という目的があったからです。
 それがいつからか「話す」と「歌う」が分かれ、「音声」と「手話」が分かれ、西洋のアリストテレスが提唱したと言われる「五感」という言葉とともに各感覚器官が知覚を専門的に担う発想に分かれていきます。耳はきく、目はみるというように。そしてここで注意したいのは、五感が独立して作用している状態を「健常」と捉えると「障害」という発想につながるということです。しかし実際には知覚は個人差が大きく、目できく、耳で見るような捉え方も当たり前に起きています。私たちの体内ではそれぞれの感覚器官が響き合うように知覚が働いていると考えると、耳を使わない聾者と聴者ではオンガクの「きき方」も違うということは想像できます。

 聴者が「音/耳」だけを専門的に扱う芸術として「音楽」を特権的に発展させてきたのは、人類誕生20万年の歴史を俯瞰すると特殊な歴史です。特にイヤフォン(音)を耳の中に入れて「きく」ようになってから半世紀も経っていません。「音楽」を持ち歩く発想は音楽の形を変えた音響技術の大発明であると同時に、耳以外で空気の鳴り響きを感じる機会を奪ってしまいました。一方で、イヤフォンで音楽をききながら、時には歩きながら、電車に乗りながら世界を「みる」体験が生まれ、聾者のように「目できく」知覚に気づいた聴者も少なくないと思います。

 芸術のはじまりが二万年前の洞窟の中だったとしたら、そこには壁画だけでなく声/音も身体表現も同時に存在したと考えるのが自然です。そもそも「耳だけ」でオンガクをきく発想は無かったはずなのです。さらにその前の18万年近くは、人間と音の関係性、世界は未だに謎だらけです。洞窟を「子宮回帰」の象徴としてみると、羊水に浮かぶ胎児だった頃の記憶、耳以外の感覚器官や皮膚感覚、内臓感覚をフル活用した全身の知覚が呼び覚まされます。そこには本来の「きく」とは何かを考えるヒントもあります。最新の研究では人間の感覚は5つではなく22も発見されているそうですから、やはり現代人は「五感」という言葉に縛られすぎている。特に「きく」は耳から解放されて、ふたたび全身の知覚へと戻ろうとするのかもしれません。なぜなら聴者は歳を重ねるとともに「聴力/きこえ」が衰えていくのが自然だからです。
 つまりオンガクとは「音だけの表現」ではなく、全身の「きく」という知覚を扱う/刺激する芸術だと捉え直してみるのです。「目できく、耳でみる」ような世界との関わり直しが、オンガクの世界そのものを豊かに広げていきます。音を扱った聴者のオンガクにも「きく」より「みる」が刺激されるもの、音のない聾者のオンガクにも「きく」を刺激される作品があることにも気づきます。口に入れた氷、頬に当たる風、電線のたわみ、波の満ち引き、雨のリズム、自身のウチとソト、森羅万象にオンガクを発見します。聾者のオンガクも目や皮膚や内臓からきこえてきます。
 
 最後にフランスの哲学者ミケル・デュフレンヌの『眼と耳』(みすず書房)より、以下の言葉をお伝えします。
「聴覚の起源が、水中という環境での、圧力の振動に対する魚の皮膚感覚であるのと同様、視覚の起源は、光の振動に対する生体の皮膚感覚であり、次いで、光を受けた物体によって送り返される光の反射に対する生体の皮膚感覚にある~中略~視覚は聴覚のコピーである」

※ミケル・デュフレンヌはメルロ・ポンティ「知覚の現象学」の流れにあります。しかしフッサールから始まる現象学やM.シェーファーのサウンドスケープ論も含め、20世紀にはまだ障害学や社会福祉という概念が確立されておらず、現代の感覚ではしばしば「差別的」な表現も見受けられます。この時代的な背景を踏まえつつ、視覚や聴覚を捉え直し、身体や知覚から世界と関わり直そうとした先駆的な試みと受け止めてください。音楽を問い考える「耳の哲学」では21世紀に相応しい言語感覚や社会的意識に置き換えてご紹介していきます。

バナー写真は (C)2019聾CODA聴「対話の時間」(雫境、米内山陽子、ササマユウコ)より  アーツ千代田3331にて(撮影:牧原依里)

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