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『春と修羅 序~わたくしといふ現象は』(空耳図書館アーティスト・コレクティブ)

 現在初めての「空耳図書館アーティスト・コレクティブ」として、空耳図書館のはるやすみ2021『春と修羅 序~わたくしといふ現象は』の朗読動画を実験しています。ちょと不思議な読書会「空耳図書館のはるやすみ」は2015年春から全5回に渡って子どもゆめ基金助成事業・読書活動として開催しましたが、コロナ禍で”空耳図書館らしい”リラックスした「蜜る時間」をつくることが難しい。そこで対象を大人に移し、あらためてササマユウコ個人の文化庁文化芸術活動継続支援事業として動画を作ることにしました。
 コレクティブ参加アーティストは新井英夫(朗読、身体表現)、板坂記代子(布)、小日山拓也(仮面製作)、ササマユウコ(音、映像)です。新井さん&板坂さんとは横浜のアナーキーな福祉作業所カプカプのワークショップで5年間ご一緒し、小日山さんには昨年の『空耳散歩#01』(東京アートにエールを!)の動画で走馬灯を作って頂きました。社会活動やリサーチアートでも活躍する素晴らしいアーティストです。
  今回はそれぞれの専門分野に基づいた役割分担はありますが、「アーティスト・コレクティブは理想的だがうまくいかない」というジンクスにも挑戦しようと、アイデアや意見交換を交えながらひとつの『春と修羅 序』の世界をつくっています。いずれは”ちょっと不思議な読書会”としてライブに落とし込めることを目標にした”心象スケッチ”の実験映像化です。

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 今から97年前の1924年(大正13年)1月20日、28歳の宮沢賢治は一篇の詩を書きました。それは同年の4月20日に1000部の自費出版で世に放たれた心象スケッチ『春と修羅』の「序」にあたる詩です。どちらかといえば童話作家としてのファンが多い賢治ですが、自分の意志で出版した最初の本がモダンな「詩」だったことは意識しておきたいと思います。
 ちなみに「序」が書かれた2年前の1922年4月8日には本編表題作となる『春と修羅』が、最愛の妹トシが亡くなった同年11月の後には『永訣の朝』が書かれています。ですからこの「序」は2年間に書き溜めた詩を出版する直前に書かれた賢治の「決意表明」とも言えます。妹を亡くしてから半年間のスランプを経て辿り着いた「虚無」に振り切った創作エネルギー、もっと言えばパンク的な心象の吐露でもあると思えるのです。「どうせみんな死んでしまうんだ!」という静かな怒り、そんな自分を突き放して言葉遊びで笑っているようなニヒルさも感じます。個人的にはこの「序」を読むたびに、不思議と賢治がDoorsの『Light my Fire』を歌うジム・モリソンと重なります。ちなみにジム・モリソン(1943~1971)は20世紀を代表するカリスマ的なロックスターのひとりでしたが、同時に哲学や文学に造詣の深い早熟な文学青年でもありました。彼も詩集を出版しています。このヒット曲はシンプルなラブソングに聞こえますが、ジム・モリソンの佇まいや歌声に賢治が「序」で吐き出した世界と同質の「虚無」、乾いたエネルギーを感じてしまいます。ちなみにジム・モリソンは当時のロック界にありがちな薬物依存となり、28歳の若さでパリで急逝しています。

 賢治が生きた100年前はスペイン風邪が世界的に流行した時代でした。2020年に突然始まった今のコロナ時代とも重なる。100年前の人たちと一気につながってしまったような不思議な感覚です。賢治の足跡を辿ると、思いのほか東京に足を運び滞在していることがわかります。岩手の農村で理想を求めて孤軍奮闘していたイメージとはずいぶん違う。
 最愛の妹トシが花巻で命を落とした原因は、東京の日本女子大在学中に感染した肺病(昨今の研究ではスペイン風邪)の予後だったと考えられています。東京の小石川で最初にトシが体調を崩して入院した時、賢治は母親と共に上京します。そして滞在中には図書館にも足しげく通い、大正モダンの東京の空気をあちこちで吸収していたことがわかります。(父親に却下されますが、手紙では東京移住を申し出てもいました)。
 もともと子どもの頃から体が弱かった賢治は、友人の証言からも常に「死」を意識して生きていたことがわかります。だからなのか、特にスペイン風邪を恐れていたような印象がありません。むしろ精力的に創作や芸術活動を続けているのです。1924年の『春と修羅』と『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』の後は本は作っていませんが、1933年37歳の急性肺炎で命を落とすまで創作を続けていました。同時に最後まで花巻の祭りが好きだった様子も残されています。

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 『春と修羅 序』を読んでいると、早すぎた賢治の感性は100年を経た今も色褪せないどころか、年月が経つほどに透明度が増して普遍的な言葉になっていくような印象を受けます。「難解」と言われる言葉は時間や空間を超えて現代でも青く静かな光りを放っている。理想を追って時代を駆け抜けたひとりの青年が見ていた大きな時間軸の延長線上に私も生きているのだと感じるのです。
 そして同時に、誰にも理解されず農村で孤軍奮闘していた賢治のイメージとは少し違うひとりの芸術家の人生が見えてきます。確かに作品は売れませんでしたが、身近には賢治の芸術性を理解し力を貸してくれた人たち、仲間や友人、そして経済的にも支えてくれた父親、優しい母親の存在がありました。最期まで自分の仕事をやり遂げ、家族に看取られた穏やかな最期でした。よく生きるとは何か、死とは何か、そして芸術とは、芸術家の人生とは何かとても考えさせられる存在です。
 今回、『春と修羅 序』を空耳図書館アーティスト・コレクティブに選んだのは、ふとした思いつきでした。突然「青い照明」のイメージが頭に飛び込んできたというか。迷わず声をかけたアーティストも、皆さんもどこか「透明度」のある活動をしています。賢治の世界に近い何かを持っている。個人的にコロナ時代を1年過ぎた今感じているやり場のない感情も、100年前のひとりの詩人の心象風景とピタリとはまるような感覚がありました。
 明日1月20日は『春と修羅 序』が読まれた日です。作品の全編をご紹介しますので、引き続きお楽しみに。

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