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フェリー|散文

 フェリーが港に着く前に僕は荷物を持って甲板に出てみた。
 
 潮気をふんだんに含んだ朝の風があたりを満遍なく覆っている。僕は伸びをしてから大きく息を吸い込んだ。匂いが違った。僕は心の底からリラックスした。もう、あの場所には二度と行くことはないだろうと思うと、固く凝りかたまった筋肉が芯の部分から解けていくように感じた。

 僕は手すりに手をつき、港の方を望んだ。この分だと港に着く前に日が昇りきることはないだろう。僕は着岸する間際までそのままそこにじっとしていた。

 フェリーから車を下ろすと、そのまま港内のレストランに車を停めて朝食を取った。2日間船に揺られていたせいでちょっとした陸酔いがしていた。 グルグルする目で色褪せたメニューにざっと目を通すと手を上げて店員を呼び、注文した。

「こっちのモーニングセットを一つ、コーヒーは砂糖とミルク入りません。ホットでお願いします」 
 20代くらいの背の大きな男の店員は無口で2度うなづくと厨房に消えていった。薄汚れたキッチン服を着ているので、彼が調理もしているのだろう。僕は改めて店内を見回した。それほど狭くない店だが、この早朝の時間に客は僕ともう一人だけだった。

 料理を待つ間することもなかったのでラミネートに挟まれたメニューをもう一度見返していた。モーニングセットは2種類あった。和食と洋食だ。和食はご飯と日替わりの味噌汁と焼き魚。洋食はトーストとハムエッグとサラダだった。それぞれに飲み物がついている。僕なんとなく洋食を頼んでいた。そういえば、と僕は思う。陸酔いのときにコーヒーはどう作用するのだろうか。多分インターネットで検索すればいいんだろうけど、そういうことはなんとなく調べないようにしていた。

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