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借りる時の地蔵顔、済す時の閻魔顔 -定野司の読むだけで使ってはいけない金言名句集

借りる時の地蔵顔、済す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがおなすときのえんまがお)

役所に入って私の最初の仕事は「母子福祉資金」「婦人福祉資金」の貸付けでした。
もっとも、貸付けの仕事は1%で、99%は取り立て(償還)の仕事です。
台帳を作って歳入調定を立て、納入通知書を送って納入されたら償還台帳に消し込みます。
しかも、「出納整理期間」があって、窓口で納入された現金は年度別に、間違えないように仕分けして収入役室(現在の会計管理室)に納めなければなりません。 
これは財政課に異動してからの話ですが、この年度区分を■億円間違えたという事件がありました。
閉鎖した会計年度へ■億円入れなくてはなりません。
昔でしたら、新年度の歳入簿の該当箇所を赤の二重線で消し、旧年度の歳入簿の最後に書き足せば済む話ですが、なんとコンピュータがそれを邪魔したのです。
「出納閉鎖後、遡って納入されることはシステム上、想定していない」
システムの担当者はそう言い放ちました。
それは合法であり正論です。
出納整理期間経過後も、だらだらとお金が出たり入ったりしていたら、出納閉鎖の意味がありません。
「出納閉鎖後の収入は、これを現年度の歳入としなければならない」
「出納閉鎖後の支出は、これを現年度の歳出としなければならない」
それぞれ地方自治法施行令第160条と第165条の8に明記されています。
しかし、■億円の収入は決算、決算統計、財政指標などに大きく影響します。
しかも、その影響は過年度と現年度、2カ年にわたって続くのです。
「なんとかしなければいけない」
そのとき、一人の職員のアイデアが事件を動かしました。
「コンピュータを出納閉鎖前に戻したらどうだろう?」
① 出納閉鎖後の異動部分をバックアップする(トランザクションファイル)。
② コンピュータを出納閉鎖直後の状態に戻す。
③ ■億円の入金処理をする。
④ トランザクションファイルを使ってコンピュータを更新する。
これをシステムの停止する真夜中にやり抜いたのです(笑)。
「今でも同じことできる?」
現在のシステム担当者に聞いたことがあります。
「現在のシステムは24時間稼働していて、多くのシステムが網の目のようにつながっていますから、全てのシステムの時間を戻すなんて、タイムマシンでも使わない限り無理ですね」
全てのシステムの時間を戻すことができたら、タイムトラベルを疑似体験できるかもしれません(笑)。

ところで、「借りる時の地蔵顔、済す(返す)時の閻魔顔」ということわざがあります。
もちろん、この「顔」は借りる人の表情です。
お金を借りるときは「にこにこ」するが、返すときには「しぶしぶ」不機嫌な顔になることです。
私の仕事だった福祉資金の貸付は、銀行が(信用調査などを実施して)貸さなかった人に資金を貸付けるわけですから、とても喜ばれました。
子供のための修学資金などは無利子ですし、事業資金でも極めて低利です。しかも、生活保護受給中なら返済額は収入認定額から控除されるので、負担はさらに軽減されます。
さて、生活保護費の月一回の支給日、事務所の窓口は受給者で込み合います。
私は一人の受給者を待っていました。
返済の滞っている人です。
「返済期日が過ぎています」
「・・・」
泣きながら、窮状を切々と訴え続ける受給者に私は言いました。
「返していただかないと困るんです」
私個人の貸したお金なら
「いつでもいいよ」
と言うのでしょうが、貸付金の原資は公金(税金)です。
ある時払いの催促なしというわけにはいきません。
すると、受給者は泣くのをやめて、今度は怒り出しました。
そして、とうとう机の上に自分の財布の中身をぶちまけたのです。
しかし、出てきたのは硬貨ばかり。
それでも、私は硬貨をひとつずつ拾い上げ、10円、20円と数えました。
「領収書です」
「!!!」
どんな言葉を浴びせられたかって?
覚えていたら公務員という仕事を続けることはできなかったでしょう。
席に戻ったとき、係の先輩職員から
「そんなに無理しなくていいんだよ」
と慰められました。
でも、私としては
「よく取れたね」
と言ってほしかった。
福祉の貸付金は困窮者に貸すのだから、返済が滞ってもかまわない。
そういう風潮があります。
しかし、貸付金の原資が税金であること、きちんと返済している人も大勢いること。
そうしたことが忘れられています。

それから数か月後のことです。
返済の遅れた人から違約金(延滞利息)を徴収しました。
「どうして取ったんだ!」
翌日、私は上司に怒られました。
「条例規則に則り、ご本人に説明したうえで徴収しました」
聞けば、違約金をとったのは、過去に(事務所開設以来15年以上)例がなかったそうです。
例がないから徴収しなくていいわけではありません。
地方自治法の定めるところにより
「私は、地方自治の本旨を体するとともに、公務を民主的かつ、能率的に運営すべき責務を深く自覚し、全体の奉仕者として一部に偏することなく、誠実かつ、公正 に職務を執行することを固く誓います」(服務の宣誓)
と誓ったのは誰?
条例規則によれば、違約金の不徴収という手続きがあります。
そのためには十分な聞き取りをし、客観的事実を積み上げる必要があります。
要するに先達たちは要領よく、こうした仕事を省略していたわけです。
そこにも、福祉の貸付金は困窮者に貸すのだから、違約金なんて徴収すべきでない。
そういう思想があったに違いありません。
しかし、この一件で規則が改正され、違約金の充当順位が元金・利子の後になりました。
元金・利子を完済したところで、まとめて違約金を免除することができます。
実際の事務に合わせたのでしょうが、こうして、世間の常識から離れていくのが行政なのです。

さて、この話の前提は、「借りる時の地蔵顔、済す時の閻魔顔」の「顔」は借りる人の顔でした。
しかし、これが借りる人ではなく貸す人の顔だったら。
ことわざではどちらの顔か明確になっていないので、どんな意味になるか想像してみてください。
悪徳高利貸が貸すときには(いいカモが来たと)「にこにこ」。
返すときは一遍して、容赦のない厳しい取り立て。
何だか、このほうがしっくりくるから不思議です。

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