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“ヒト“と”情報”を組み合わせた業務改革を実行・川口克仁さんに聞く「意識改革の進め方」-財オタインタビュー⑤

自治体の資産やコストの感覚を養うためには、地方公会計制度の活用や職員の意識啓発が重要です。しかし、「どのように導入すれば良いかわからない」「なかなか職員の理解を得られない」といったお悩みを持つ財政課職員の方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、大阪府大東市の財政課長を務められた川口克仁さんに地方公会計導入の経緯やポイントなどをお伺いしました。

(TOP画像は、同じく財オタとして活動していただいている田中さんと川口さんの2ショット! 左:川口さん 右:田中さん)

単式簿記と複式簿記

――川口さんは何がきっかけで公会計を学ばれたんですか?

元々、係員から係長くらいの頃に7年間財政課にいたので、決算統計を組み替える総務省方式の地方公会計をやっていました。
この頃は複式簿記とか全く意識してなかったですね。
その後、下水道課に配属になった時に、地方公営企業法の全部適用を担当することになり、複式簿記と発生主義を学ぶことが出来ました。

――単式簿記から複式簿記へ考え方を切り替えるのは大変ありませんでしたか?

当時は趣味みたいなもんで、楽しんでやってましたね(笑)。
地方公営企業会計は、資本的な取引と損益的な取引がきれいに分かれるんです。
いわゆる3条予算と4条予算です。
また、出納整理期間もなく、3月末にきれいに締められます。
消費税計算もすっきりしてます。

――やっぱり複式簿記・発生主義の方が「高度」という理解でよいですか?

いやいや、そこが難しくも重要なポイントで、役所の会計の基本は、現金主義の単式簿記です。
大原則なのですが、行政は議会による統制がとても大切です。
そのため、できるだけわかりやすいように1年間のお金の動きを現金ベースで款項目節に整理して、議員さんに見てもらう訳です。
議員さんには会計のプロもいますが、そうでない方もいるわけで、最大公約数的にわかりやすくしたものが今の地方自治法に基づく予算決算制度なんです。
だから、現金の単式でシンプルに歳入と歳出を並べるという考え方自体は、全く間違っていません。
それを補完するものとして地方公会計があるんです。

――その後、川口さんが財政課長時代に一般会計にも複式簿記・発生主義の考え方を取り入れられたんですよね。

はい。
現金主義・単式簿記による予算・決算制度は地方自治法で決まっています。
その次に、総務省から要請された地方公会計があります。
地方公会計制度は法令等に根拠を置くものではありません。
統一的な基準に基づく財務書類を作るときには「日々仕訳」と「期末一括仕訳」という方法があります。
仕訳自体はどの自治体でも行っていますが、多くの場合、財政課や会計室が年度末に仕訳を整理して財務書類を作る「期末一括仕訳」です。
大東市では、帳票単位で仕訳をする「日々仕訳」を行っています。
このために、私が財務課長時代に、細節を見直すとともに、支出命令書などに簿記仕訳の欄を設け、帳票を打っている一人ひとりの職員が仕訳を目にするような仕組みを整えました。
これによって、財政課だけでなく、職員全員が仕訳を意識できるような形にしています。
細節の見直しは、コストか資産形成かが分かるように整理しました。
これって実は、地方公営企業会計の3条と4条の考え方そのままなんですよね。

“変化“を受け入れやすい仕組み作りと意識改革

――職員の皆さんは複式簿記・発生主義の考え方をどのように学ばれたのでしょうか?

実は、単式の現金主義でバリバリやってきた、決算統計を極めているような財政課職員の中には地方公会計が嫌い、無駄だと考える人も少なくなく、大東市でも導入初期の頃は複式簿記を受け入れにくい職員もいました。
そのため、まずは職員の意識を変えることが必要だと考え、「バランスシート探検隊」を実施しました。

「バランスシート探検隊」は各施設のセグメント別に作ったバランスシートや行政コスト計算書をどういうふうに見るのか、会計情報と現場をどうつなげるのかを議論してもらう、というものです。
ここで大事なのは、実際に施設を見て回ることです。
現場に入って施設の状況に詳しい職員に、施設の役立ちについて説明していただいて、セグメント別の、固有の施設に関するバランスシートや行政コスト計算書を分析します。
セグメント別の財務書類は、私が試行的に作成しました。

――「SIM2030」も積極的に進められていたとか?

参加者が架空の自治体の部長となり、その街が抱える様々な課題に対し、限られた予算の中でどうやりくりし幸せな街を作っていくかを、対話を通じたゲーム形式で体験するのが「SIM2030」です。
「資産の老朽化によってトラブルが起こった」など、自由にシナリオを作ることができるので、「バランスシート探検隊」や「ふせん紙仕訳ゲーム」といった、地方公会計を学べる他のゲームと一体的に組み合わせて実施することもできます。
砥部町の田中さんが先駆者ですね。
大東市の場合は「財政運営基本方針」を作るときにプロジェクトチームを立ち上げ、そのプロジェクトチームの意識啓発として「SIM2030」をやりました。
その後、管理職研修にも活用しています。
それぞれの職員が全体最適について考える、良い切っ掛けになったと思います。
実は、先ほど下水道で法適化の業務に携わったとお話しましたが、同時に上下水道の組織統合もしており、この時にもプロジェクトチームを立ち上げて業務を進めていきました。
プロジェクトチームを立ち上げるのが好きなんです(笑)

――プロジェクトチームを立ち上げるときや研修を開くときに、人選や伝え方などで意識されていることはありますか?

できるだけチームに任せるようにしています。
丸ごと放り投げるようなイメージです。
プロジェクトチームを運営するときは、会長には見識が高い人に就いてもらいますが、後は任せてしまいます。
そこで決まったことについては、私の力が及ぶ限りは推すのが基本です。
だいたい公務員は真面目なので、全体最適を踏まえながら、しっかりとしたものを考えて作ってくれます。
それを市長であるとか、部長以上の人にプレゼンしてもらい、上の人たちの意識変革にアプローチしつつ、組織として降ろしていくような進め方をしています。

――なるほど。プロジェクトチームのメンバーが、自分たちで考えたものを市長などにプレゼンして通ったという成功体験を得られるということですね。

やはり、市長や幹部に認めてもらうことはすごく大切だし、モチベーションのアップにもダイレクトにつながります。
今はDX推進の業務を担当していますが、どこの自治体でもDX推進本部を作るのが基本です。
大東市では、市長から部長級まで20名程度で推進本部を立ち上げ、その下にプロジェクトチームを配置しました。
プロジェクトチームは、「オフィス改革」と「窓口改革」の2つのテーマで研究を進め、未来の大東市のあるべき姿について、推進本部にプレゼンをしてもらいました。
プレゼンの内容はチームにかなりの部分を任せていたのですが、とても先駆的で素晴らしいものが出来上がりました。

「予算仕訳」で資産とコストを意識づけ

――財政の話に戻りますが、「バランスシート探検隊」や「SIM2030」などの研修によって職員全体に複式簿記や発生主義、全体最適の考え方が浸透していく実感はありましたか?

それが難しく、一度やればレベルが上がり続けるということにはならないんです。
毎年、形を変えつつ常に働きかけ続ける必要があると思います。
ですが、地方公会計については「予算仕訳」という形で業務フローに組み込んだので、仕組みとしてはうまく継続できています。
地方公営企業会計は、損益的取引と資本的取引が完全に分離されていますが、一般会計では分離するという発想がありません。
それを、細節を使って分離させました。
例えば「維持補修工事請負費」があれば、「維持補修工事請負費(資産)」、「維持補修工事請負費(費用)」という形で分離して、細節を見れば資本的取引なのか損益的取引なのか分かるようにしました。
予算仕訳は和光市さんのやり方を習い、大東市に合わせてアレンジしました。
予算編成の段階で、資本とコストが分離できているので、あとはそれに沿って財務会計システムで予算を執行していけば、自然と日々仕訳がきれいに流れます。

――なるほど。意識改革とは別に、情報システムの力で仕訳ができるように仕組みそのものを整理されたんですね。

大事なのは予算編成の段階で資産形成になるのかコストになるのか議論ができることです。
「この支出ってコストですか?資産形成ですか?」
といった議論が可能となる仕組み自体に大きな価値があると考えます。
原課でも自然に資産形成なのかコストなのか考え、意識できるような仕組みづくりですね。

――予算仕訳の導入に反発はありませんでしたか?

反発はあまりなかったです。
元々市長が、企業会計、複式簿記の導入が大切というメッセージをたびたび発信されており、議会からも積極的に進めるべきと言われていました。
また、簿記仕訳に慣れる事が出来る、「ふせん紙仕訳ゲーム」を積極的に取り入れ、職員研修の際に何度もこのゲームを繰り返しました。
それもあって、簿記への慣れが進み、反発が少なかったのだと思います。

――市長や議会が推進している状況を見て、ふせん紙仕訳ゲームの情報をキャッチされる川口さんの情報収集能力がすごいです。

SIM2030については福岡市の今村さん、ふせん紙仕訳ゲームは砥部町の田中さん、バランスシート探検隊は習志野市の宮澤さん、予算仕訳は和光市の山本さんなど、それぞれの個別の分野でのエキスパートには全く敵いませんが、色々な部品を集めて体系化するのは得意なほうなんです。
それぞれの分野で凄く活躍されている方々に実際に会いに行って体験するとともにお話を伺って情報を得るようにしています。
一時期は、いろんなところに足を運びました。
会うこと、経験することによる臨場感は決定的に重要です。
本を読むだけではダメだと思っています。
そういった凄く活躍されている方と酒でも飲んで話をするのは、とっても楽しかったですね。
今はもう管理職の仕事で疲れていて、テンションが低くてダメですね(笑)

――情報は足を動かしいて取りに行くことが大事ですね。今日はありがとうございました。

ありがとうございます!