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夜の自動販売機

小さい頃、家の近くの自動販売機まで父と炭酸ジュースを買いに行くのが好きだった。

上京した今は、夜の自動販売機が大嫌いだ。

一人暮らししている家を出るとすぐ目の前に自動販売機があるのだが、なぜか夜になるとその自動販売機の前に白いワンピースを着た長い髪の女性がいつも立っているのだ。

その女性が、いつも決まってそこにいる不審な点を差し置いても、どうもこの世の者とは思えず、その自動販売機に行くのを躊躇してしまう。

しかし、この夏の猛暑で熱帯夜はつらく、せっかく家の近くにある自動販売機の利便性を捨てているのは、勿体ないと、今夜こそ買いに行ってみようと思い立った。

0時10分、住宅地の自動販売機。

やはり、傍らにその女性は立っていた。

何やらボソボソと独り言を呟いている。

私は、伏し目がちに自動販売機まで近付き、急いで小銭を入れ、炭酸ジュースのボタンを押し、それを取り出し、その場を去ろうとしたが、どうしても気になってしまい、その女性をチラと見てしまった。

その女性の風貌をみて驚いた。

青白い顔で、長い黒髪の前髪は真っ直ぐ揃っており、体の線が出る細身の白いワンピース、薄手の白いカーディガンを羽織り、くるぶしより少しだけ上まである黒い靴下に、光沢のあるレザーのローファー、右手に無地の茶色い紙袋を持ち、黒い革ベルトで文字盤にスワロフスキーがひとつ輝く腕時計をカーディガンの上からつけていて、ブランド物のハンドバックからはミネラルウォーターのペットボトルと折畳み傘がのぞいていて、両耳たぶには金のピアスが揺れており、最新のワイヤレスイヤホンをつけてハンズフリーで誰かと会話しているようで、エンジ色のネイルは伸びた自爪が少し見えており、左手の薬指に銀の指輪を二重に付けていて、小指には紫の石が付いたピンキーリングを付け、やや猫背で細身の割に意外と胸は大きく、一重だが切れ長の目でアイシャドウはやや滲んでいて、流行りの太眉メイクで、鼻の下の線はしっかり入っていて、上唇の右横にホクロがあり、ほんの少し前歯が出ているが、げっ歯類のような愛嬌があった。


あまりに一瞬のことだったので、県警で刑事をしている私でも、特徴はこれくらいしか分からなかった。

なんにせよ、彼女は圧倒的にこの世の者だし、至極一般の方のようなので、これからは夜の自動販売機も怖くない。



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