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『本は読めないものだから心配するな』 管啓次郎

私は本がほとんどない家に生まれ育ったが、いや、だからこそ?小さい頃から書店や図書館が大好き。圧倒的な冊数に惹かれるのです。

振り返れば、小学校中学年ごろには以下のふたつをハッキリと理解していたと思う。
ひとつは、「一生かかっても、読みたい本を読みきれることはないだろう」ということ。
もうひとつは、どんなに夢中で読みふけっても、時が来たら本を閉じて、自分の生活に戻らなければいけないこと。 

もどかしくも、不思議と、それらは希望だった。
つらいことがあっても、楽しみも決して終わらないんだと信じられたから。
そして、おもしろい本を閉じて戻る日常は、いつもと同じように冴えなくても、読む前とはどこか違ったからだ。

もちろん当時は言語化できていなかったが、子どもだった私は、本を選び、読むことから、有限と無限、断絶と連続の感覚を覚えたのだと思う。

‥‥なんて大仰に書いてみたけど、私の人生、量的にも質的にも、さほど読んでません。懐かしのてへぺろー

最初の10ページくらいで「完全に良書!」と確信できる本書。

明治大学の教授であり、数ページめくっただけでも大変な読書家だとわかる筆者が、なぜ「本は読めないものだから心配するな」なんてタイトルをつけたのか? わからないまま読んでいた。

終盤でやっとわかった気がした。
この本もきっと、人間の有限と本の無限、世界と本の接続そのことがもつ希望を書いているんじゃないかな?

それを、こんなふうに書けるのかとびっくりした。
さすが教授。そして詩人。

一見、とりとめもなく綴られたエッセイのようで、テーマは多岐にわたっている。
たとえば、本とは切り離せない「ことば」についてだけでも、
詩、文学、翻訳、手話、動物のコミュニケーションなどなど‥‥いくつもの角度から論じられる。

ほかにも、
写真、映画、音楽、商品経済、動物、干潟、旅、聖書、歴史、
ある人の人生、世界のさまざまな場所‥‥土や風や光、何万年単位のおそろしく長い時間のような、容易に言葉にし難いものまで書かれていて、閃きときらめきにみちたみずみずしい文章に目をみはると同時に、言葉と本の欲深さに打たれる。

「いつのころからか、人が鉱物(岩石、土、砂)にふれているところ、あるいは樹木や水にふれているところに興味を惹かれるようになった。そんなふうに、ふれて実在を確認しながら、ヒトはヒトになってきたのだと思った。風に吹かれること、雨や雷に打たれることも同じ。からだの表面で起きつつあるできごとによって、我々は削ぎとられるようにして造形されてきたのだと思う。そして! ぼくらの主題に沿っていうなら、読書もそうした造形作業の一部なのだろう」

「光にさらされる眼球が、網膜が、ざわめく文字を研磨剤のように使って、僕らの心を削る。声は無音のうちにもことばをつぶやき、それが喉を飼い馴らし、ひいては我々の思考にも流れ、癖のようなものを与える。ヒトがヒトになるプロセス。からだと心の輪郭がさだまるプロセスは、すべて外界との衝突、接触、摩擦によってみちびかれてきた」

多くの本に言及し、引用している本でもある。
書評は疑似読書になるから、本について書かれた文章が好き。
「本を読むこと」についての文章も好き。

世界のどこかで、世界中で、今日もいろんな人が本を読んでいる。
私たちはそうやってつながっている。

「効率よく利潤を上げることを最大の目的として動く、貨幣という第一の「共和国」に対して、すべての書物を「共有物」とする第二の「共和国」は、反響と共鳴と類推を原理として、至るところで新たな連結を作り出してゆく」

「ここでは、効率や利潤といった言葉は口にすることすら恥ずかしい。人々は好んで効率の悪さ、無駄な努力、実利につながらない小さな消費と、盛大な時間の投資をくりかえし、くりかえしつついつのまにか世界という全体を想像し、自分の生活や社会の流れや、自然史に対する態度を変えようと試みはじめる。君もすでにそこに属しているに違いない、書店の共和派は、たったひとりの日々の反乱、孤独な永久革命を、無言のうちに誓っているのだ。」

人間は、この世界の隅々までを踏破し、
あらゆるものに触れ、見聞きして
この世の森羅万象を知りたがってきた。

そのすべてを言語化したいという欲望
そのすべてを読み尽くしたいという欲望も
人ひとりの生涯で叶うはずもないのだから、気負わず読めばよい。

食べては読み、読んでは旅に出て、旅先で本を買い、読みきれずに本棚に並べ、並べた中のいくつかは手元から離れていく。

筆者は、波打つようにつづく野原に咲くたくさんの花を、本にたとえる。
花はやがて綿帽子になり、そっとふれるだけで解放され、空に飛んでいく。

私にとって、本が集められている場所はそれぞれが小宇宙かな。
星のかけらを集めるように、そこから一冊、また一冊とうちに連れて帰る。
私もまた、自分の本棚というミクロコスモスをもっていて、
それが人生の希望のひとつだ。

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