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勝手に月評 新建築2019年10月号

今月号は木造特集となっており,複数の特集記事に加え作品20題とかなりボリュームのある月となっています.

特集記事である木造隆盛時代の先にでは,木造建築のプロフェッショナルである7名が各々書き下ろした小記事から構成されています.デザインだけの観点から見るのではなく,木材の生産体系や法律などの制度から包括的に木材および木造建築について語られています.

近年の木造建築の傾向を見てみると,ヨーロッパなどで中規模以上の木造建築が建てられています.日本でも東京オリンピックで木質の競技場が複数計画されるなど,ここ数年で木を用いた大規模な建築が見られてきました.

実際,技術的にはすでに日本でも中規模以上の木造建築を建設することは難しいことではなく,住友林業日建設計によるW350のようなプロジェクトもデザインだけが語られているわけではなく,技術的な解決に基づいて発表されているものになります.それでもなかなか日本で一般化されないのか,そのことを考えていました.

その中で,私が注目しているのは“制度”“担い手”です.

まず制度について,日本は昔から木造の家に住み続けてきたわけで,その分昔から火事がたいへん多かった歴史を持っています.火事と喧嘩は江戸の花なんていう言葉があったり,明治時代欧米列強の影響から,火事を無くそうと煉瓦に手を出して(そして失敗して)みたり,戦後に導入された欧米式の都市計画の影響から,燃えてしまう木よりもコンクリートでだという世の流れとなり,木で大規模な建物を作るという気概を無くしてしまったことがここ6〜70年の歴史だと思います.

その中で2010年5月に施行された「公共建築物等における木材の利用の促進に関わる法律」によって,住宅以外にも木造を選択することが“特殊解”ではなくなりました.

稲山正弘氏によれば,先に挙げた法律の施行により,これからの中大規模木造建築物の流れがゼネコン等の開発・研究による木と鉄骨のハイブリットからなる中規模の事務所建築と,設計事務所などによる1000平米以下かつ3階建以下の中規模木造という大きく2つに分かれていくのではないかと述べています.これだけでも大きな進歩ではあるのですが,これより先の発展の可能性と問題点とはなんでしょうか.

発展のためにはひとつ,更なる規制緩和が必要であるということです.山梨和彦氏が述べているように,“大規模複合開発における適材適所の木材利用”“木造化に対して容積の割り増しなどのインセンティブを与えること”が制度化されることこそポイントであり,特に後者の制度が実装されるとデベロッパーも動かざるを得ない状況になり,都市の木質化は大きく進むと考えられるはずです.

次に“担い手”の問題です.設計する人はもちろん,施工管理を行う人,実際に作る職人がこの変化に対応できるか,という点です.そのため設計側としては木材の加工しやすいメリットを活用し,いかに簡単に施工が行え,管理が行えるかを逆算する必要があるとも言えます.木材自体はほかの材料と比べると軽量なので,木材の知識と作り方のイメージさえつけば解決できる問題だろうと言えます.

また大学などで木造建築の専門教育を増やすべきと稲山氏,佐々木幸久氏は述べており,色々な“技術”を,いかに先のビジョンに結び付けていくかが重要だと思います.

さて,今回私が取り上げるのは,CLT(Cross-Laminated-Timber)を用いた作品にしようと考えました.理由として,まず私が過去に設計課題でチャレンジしたことがあるというくだらない理由がひとつと,今後恐らく私がチャレンジするかもしれない木造建築が,先に挙げた“木と鉄骨のハイブリットからなる中規模の事務所建築”だと思っているからです.

まず最初に,オメガ・スウォッチ本社では木造とRC造の混構造によってスイスに大規模で有機的な大空間が実現されています.

構造にCLTが用いられており,木造ラーメンの部分では60分準耐火設計をクリアすることで室内の木構造を現しにすることに成功しています.また柱と梁には構造用ブナのダボによって接合されていることが(最適解だったとしても)驚きでした.グリッドシェル構造に関しても,木材の圧縮力の強さを生かすという意味では構造的にも合理的に働いてると考えられます.また,徹底したプレファブ化によって効率的に施工が行われています.

日本で室内の木を現しにするためには,2時間耐火をクリアする必要があります.そういった制度上の違いはあるものの,ヨーロッパではここまでふんだんに木材を使って大空間が作れるのかと驚きました.またグリッドシェルの一部に近年ようやく日本で名前を聞くようにになったETFEが使われており,日本の建築の素材検証のハードルの高さを感じました.

SYNEGIC officeは,特徴的な形状を持つ屋根とそれを支える立体的な架構によって構成されるオフィスです.

この屋根架構の印象として,在来工法とCLTパネルを掛け合わせることで線材は細く見え,金物を使わずビス接合で屋根全体を見ることができるため,CLTパネルが軽く浮いているような印象を与える空間になっていると感じました.

香南市総合子育て支援センター「にこなん」もCLTを用いた折板状の屋根を持つ特徴的な建物となっています.さきほどのSYNEGIC officeでは木材の面と線のかたちが強調されていましたが,本作品の屋根は面がかなり意識されています.

折板構造にすることで梁と桁を見せないことに成功し,写真だと木目だけが強調されたミニマルな空間の印象を感じました.この建物では準耐火建築物として計画されているため室内が木の現しとなっています.接合部はCLT工法で一般的に利用される金物を使っていますが,CLTを切り欠くことで見えなくしています.木造が線であるという前提がひっくり返るくらい面が強調されていますが,これがCLTらしい建物のかたちだと思います.

北川村あったかふれあいセンターゆずの花でもCLTだからこそ実現できる空間にトライしていました.互い違いに切妻屋根が反復されていくかたちは,なるほどRC造では発想に行き着かない,なおかつ木材を面として使うからこそ実現できる空間のように感じました.互い違い部の見えないところに鉄骨梁を設けていたり,主役が木造ですべてをやりきるのではなく一部を鉄骨にしていく手法は今後多くなっていくだろうと思いました.

そして作品は事務所建築へ移ります.

松尾建設 佐賀本店では,都市に建つ中規模以上の建築に対し,いかにCLTを利用できるのか.その点をかなりリアルに追求した作品となっています.

外観を見ると木の素材感を感じることがあまりできないのですが,欧米だとむしろこちらの方がスタンダードで,この建物では外壁を耐火構造とすることで室内を木の現しにし,あくまで利用者が内部で木を感じられるか,という問題意識だと思います.このような中規模事務所建築がどのように発展していくかが,企業の技術力や好奇心と実践力を見ることができて面白いところだと思います.

そうなるとスーパーゼネコンの技術力と実践力はさすがと取るべきで,兵庫県林業会館では,鉄骨造+木造の作品の,中規模ではありますが今後の検討を踏まえれば超高層にも展開可能であることを示した,プロトタイプ的で挑戦的な作品であると言えます.また設計者の所属も木造・木質建築推進部となっていて,木造への技術的関心の深さが伺えます.

また,木を都市に向けて見せようとする意識が感じられる作品となっています.やはり都市の中で木を見せることは重要なことだと思っていて,この作品のようにガラススクリーンに木を投影するようなファサードの見せ方は大いにありだと思いました.

鉄骨フレームとCLTの取り合い部や金物との接合部のディテール,今後の超高層化への展望そして設計者らのコメントを見ていると,鉄骨と木のハイブリッドを今後一気に拡大していくぞという意思表明のようなものを感じました.

先に挙げた特集記事のうち,山梨和彦氏は木材を“飛び道具”として使うことの危険性を述べていました.木造を選ぶことの目的化,木材を使いさえすれば評価される,という考え方を生まないためには,日本の歴史と常に付き添ってきた木に対するリスペクトと,批判的な視点を持った木材利用,そのことを第一に考える必要があります.最後にそのことを強く認識することができました.


久木元大貴

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