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イノベーションにおける正当性のデザインと、サービスデザインにおけるアダプション・デザイン

また勝手なことを書きます。

ぼくたちのデザインチーム「INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)」では、日頃いろいろな企業・機関からご依頼を頂いて製品やサービス、そして事業そのもののデザインを支援することを生業にしています。

特にここ5年ほどは貴重なご縁に恵まれ、企業内において新規事業をつくり出す取り組み(いわゆる「企業内企業家育成プログラム」や「コーポレート・アクセラレーション・プログラム」と呼ばれる類のもの)を支援する機会が急増しているのですが、これは企業(特に成熟産業を擁する大企業)にとって既存事業・産業が成熟化する中で次の一手を見い出すことに苦心されていることや、自社の事業を取り巻く環境がDXに象徴される社会のデジタル化によって大きく急変する中で事業の再構成(リフレーミング)を余儀なくされる、という状況の現れでもあるでしょう。


これまでにも多くの企業が、天才的なひらめきや行動力をもった個人に過度に依存しすぎずに、自社内で新規事業を生み出すための仕組みづくりに懸命に取り組んでいらっしゃるのではないでしょうか。

そういった「新規事業づくりのためのプログラム」は、デザイン思考などの問題定義とその問題を解決するための創造的なアイデアづくりを主軸にした手法論や、リーン・スタートアップのように粗削りでもいいから小さく、早く具現化し、ビジネスの可能性を検証するための手法を組み合わせたり、アレンジする形で、ある程度誰にでも学び、実践することが可能な汎用的な方法論に落とし込まれることが多いように感じます。
もちろん、その考え方自体に異議はありませんし、ぼくたちもいろいろな企業から依頼を受けて同様のプログラムを設計する際には多かれ少なかれそれらに近しい考え方でプログラムをデザインすることは少なくありません。

しかし、この数年数々の企業の新規事業創出のためのプログラムや仕組みのデザイン、そして事業づくりの現場での導入を手掛け、実践を支援してきた経験の中で、結果的に新規事業をつくり出すために決定的に欠けている点があることを痛感しました。

それは、考え出した新規事業を事業化するために「正当化」していくという考えの欠落についてです。

少し乱暴ですがこの論考では、新規事業を既存事業と対比して新しい価値をつくり出す新規性に富む事業と解釈し、便宜上「新規事業」を「イノベーション」と読み替えてみましょう。
「イノベーションの理由」を研究されている一橋大学の軽部大先生や京都大学の武石彰先生らによると、

イノベーションとは,発明や発見,技術開発を通じた製品化や事業化,そして社会全体への普及に必要となる一連の諸活動を通じて,経済成果がもたらされる革新である(一橋大学イノベーション研究センター, 2001) .それは企業成長の源泉であり(Penrose, 1959),経済発展の原動力である(Schumpeter, 1934).

【出典】軽部大, 武石彰, & 青島矢一. (2007). 資源動員の正当化プロセスとしてのイノベーション:その予備的考察. IIR Working Paper, 7(5), 1–36, p.2.

と説明されています。

つまり、イノベーションとはなにかというと、新しいことを発明したり、発見したり、技術を開発するだけではなく、製品や事業としてまとめあげたうえで、結果として社会全体に普及する状態にもっていくところまでを指すということなんですね。

さて、ここで大きな矛盾がでてくるよね?ということを、先程引用した軽部先生たちは指摘しています。
それは、

・新しいことを企業をあげて事業化していこうと思うと、事業化のために必要となるヒト・モノ・カネといった資源を投資(動員)しないといけない。

・けれども、新しいことは前例がないので、それが成功するかどうかはまだ判断できないしわからないから、ヒト・モノ・カネを投資していいものかどうかの理由(正当化)がつけられない。

・じゃあ、投資に踏み切れないから新規事業を実現できないじゃん!

・逆に、過去の経験や入手可能なデータに照らして成功の確信が持てるような事業ならいいのか、となるけれども、前例から判断できるってことは、裏を返すとそれって新しくない(新規性がない)ってことじゃんね?てことは、結局は既存の延長線だからイノベーションじゃないよね?

といったように、新しいことやろうとすればするほど、企業にとっては資源を投じるべき正当な理由が見つけられない。
逆に、成功する理由を説明できるような事業は新規性がない。
つまりは、いつまでたっても新規事業なんて起こせない、という無限ループにはまり込んじゃう、という矛盾です。

だからこそ、新しい技術の開発や、従来の価値観を覆すような革新的なアイデアによって新たな事業を興そうとする場合には、その新しい事業(価値)を事業化することがいかに正しいことなのかについて、経営幹部や投資家、社内の協力すべき部署や人々といった多様なステークホルダーに対して正当化できるかどうかがイノベーションの理由なのではないかということを、さきほどの先生方の研究では結論づけ、「資源動員の創造的正当化」という言葉で定義しました。

話を企業内の新規事業創出に戻しましょう。
多くの企業において考案され、実践されている新規事業づくりのためのプログラムでは、この「いかにして自分たちの新規事業を正当化するか?」を様々な視点や方策を駆使して考え出し、資源動員の正当性を創造的な発想で創り出すという観点が抜け落ちているケースが散見されるのです。

多くの企業において、毎年のようにたくさんの新規事業アイデアが、

「いままでにない事業をつくるんだ!」

とか、

「既存事業からの脱却だ !」

というような、勇ましく、フロンティア精神に富んだ掛け声のもと、拳を振り上げて起案されますが、そのほとんどは経営陣や事業部門の責任者たちによる

「アイデアとしては面白いんだけど、わざわざ事業化する意味がねぇ…」

「ゼロから事業立ち上げるのはいいんだけど、いつイチになるの?」

「面白い事業だとは思うけど、これなんでウチでやる意義があるの?」

といった、冷酷だけど至極真っ当なツッコミの前に「お、おぅ。。。」というため息とももに、振り上げた拳はゆるゆると力なく降ろされ、新しい事業のアイデアもなかったことにされていくのではないでしょうか。

勇ましく拳を振り上げ正論を投げかけたところで、既存の制度や意思決定のOSを外側から批判・非難しているだけではそれらはそうそう都合よく変わってはくれません。すでにできあがった制度(institution)における正当性(legitimacy)とは、それほど堅固なものなのです。制度を変化させていくには、制度を外野から叩くのではなく、制度と相互に関わり、時には中に入り込みながらパフォーマティブに制度に変化を起こしていくことも重要になります。(山口, 2013)
既存の制度を解体し、再構築する。ちょっとカッコいい言葉を使うなら「既存制度をハックする」というようなイメージでしょうか。

革新的な技術を使って、ユーザー中心に発想して、社外の企業とのパートナーシップを前提にビジネスモデルを成立させはしたものの、「資源動員の創造的正当化」が十分考えられていない事業アイデアは、アイデアの域を脱却することができないということです。

さて、またもや話は変わりますが、サービスデザインにおいて革新的な製品やサービスを世に出していく際に最も手厚くデザインすべきフェーズ(ステージ)は、

- 売り出し (Launch)
- アダプション (Adoption)


【出典】ベン・リーズンほか 『ビジネスで活かすサービスデザイン : 顧客体験を最大化するための実践ガイド』, 2016, ビー・エヌ・エヌ新社

の2つだと言われています。

革新的な製品やサービスは世に出る時点では多かれ少なかれ「まだ世の中ににないもの」なので、多くのひとはその製品やサービスを通して得られる価値や意味をすぐには理解することができません。
だからこそ、

売り出しの段階で製品やサービスの新しい価値や意味を最大限端的で明快に理解されるようにするにはどうすればいいか?

興味を持ってくれたひとが、製品やサービスを試すことに不安を感じたり躊躇することなく試してくれるようにするにはどうすればいいか?


そういったユーザー体験を考えることも、サービスデザインではとても重要なデザインすべき範囲だということです。
(特に、初めて新しい製品やサービスに接するひとびとがそれらを採り入れていく(adoptする)段階的な顧客経験ステージのデザインを「アダプション・ジャーニー」と名付け重要視しています。)
このような考え方は、「顧客に対する新しい価値の正当化」とも解釈できるのではないでしょうか?

そのように考えるならば、ぼくたちが日頃行っているサービスデザインの実践において、すでに「売り出し」と「アダプション」に焦点を当てて行っている「カスタマー・フロントエンドに対する正当化」と同時に、新しい価値を生み出す可能性を秘めたビジネスの事業化判断に関わるステークホルダーを対象とした「ビジネス・バックエンドに対する正当化」についてデザインすることもサービスデザインにおけるデザイン範囲の一環であると位置づけ、デザインプロセスに組み込んでいくことが、企業において新規事業が事業化レベルで生み出されていく確率を少しでも高めていくことができるのではないか。
そんなことを考えながら、ぼくたちのチームでは「正当性のデザイン」を組み込んだ新規事業創出プログラムを実験的につくり、企業において実践し始めています。
まだまだ生煮えの取り組みですし、クライアントとともに試行錯誤の繰り返しの断崖ではあるのですが。

自社における新規事業づくりに課題を感じておられる方や、せっかくの面白いアイデアを事業としてなんとか実現させたいと奮闘されている方がいらしたら、ぜひ声をかけてください。
一緒に対話しながら、実験をしていきましょう。

つってね!

【参考文献】

武石彰, 青島矢一, & 軽部大.(2012)『イノベーションの理由 : 資源動員の創造的正当化』. 有斐閣.

軽部大, 武石彰, & 青島矢一. (2007). 資源動員の正当化プロセスとしてのイノベーション:その予備的考察. IIR Working Paper, 7(5), 1–36.

山口みどり. (2013). 新規事業創造メカニズムとしての行為遂行性. 東京経大学会誌, 280, 79–101.

Reason, B., Løvlie, L., & Flu, M. B.(2016) 『ビジネスで活かすサービスデザイン : 顧客体験を最大化するための実践ガイド』 高崎拓哉(訳) & 澤谷由里子(監修). ビー・エヌ・エヌ新社





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