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ピアノを弾く

私の長男はピアノを習っています。地元に老舗の、しかも超有名国際ピアニストも輩出しているピアノ教室が丁度あったので、そこの門を叩き、毎週末通っています。

きっかけは、藤井風という歌手に、3歳にしてえらくハマり、何度も何度も聴き込んでいたことでした。2歳の時には郷ひろみにハマり、「2億4千万の瞳」の歌詞も暗記していたほどでしたが、その熱はもう冷めてしまったようです。

その藤井風が、幼少期からピアノを習っていて、youtubeでもピアノ弾き語りの動画を多数を上げていたので、その動画を長男に見せると、自分もピアノやる! と速攻で宣言したのでした。

最初はさほど値段も高くない電子ピアノ(というかキーボード)で練習していましたが、教室の先生からセンスの良さを褒められ、是非本物のピアノのタッチに馴染んだ方が良いと勧められたこともあり、昨冬の私のボーナスはYAMAHAのアップライトピアノに消えたのでした。

そのピアノ教室では、半年に1回ほど課題曲があり、それを動画に撮って先生方に審査してもらい(元は対面審査だったがコロナ禍対応としてDXした模様)、優秀な生徒はコンサートに出場する、という制度があります。

長男の課題曲はこれでした。

私は聴いたことがあるようなないような曲でした。これを一人で弾くというのはもちろん無理なので、伴奏役が必要とのことでした。

その伴奏役として私がエントリーされたことを、妻から聞きました。

長男を教室に連れて行くのは大抵妻で、私は時折代行して連れて行く程度でした。なので、課題曲の話を聞いても、あまり私は関係ないだろうと思っていたのですが、なんと先生と妻が共謀して、私を伴奏役としてエントリーしたことを知りました。理由はその方が見た目が面白いから、だそうです。

「映え」でそんな重大なことを決めるな、と私は困惑しました。なぜなら私はピアノは全く弾けないからです。

そんなに難しくない伴奏だからという話だし、実際楽譜を見てもそうかもしれないと感じたし、そもそも今更断るというのも不粋な気がしたので、私も私の身銭を切ったピアノを弾いて特訓を始めたのでした。毎週末長男をピアノ教室に連れて行く係も自然と私になりました。

一ヶ月ほど練習し、長男とも息を合わせてミスなく弾けるようになってきたので、スマホで複数回動画撮影し、先生にベストテイクを選んでもらって、無事提出することができました。ようやく肩の荷が降りたと安堵しました。

それから10日ほど経った後、長男と私の演奏動画が優秀賞に選ばれ、コンサートへの出場権を得たことを、妻から聞きました。

封書で受け取った講評には、なぜか私の演奏に対して、初めて弾いたとは思えないという絶賛のコメントが書かれていました。生徒は長男でしょ、私は金払ってないですよと封書に突っ込みを入れました。

しかもコンサートは2週間後というのです。慌てて私たちは練習を再開しました。動画と違って、今度はやり直しは許されません。

舞台に上がってのお辞儀の練習もしっかりと行い、長男の演奏用の綺麗めな服と靴もデパートに買いに行きました。長男のシャツは、私が普段着ているワイシャツよりも高価でした。

当日の会場はそこまで大きくないホールではあったにせよ、だいたい50名くらいの座席が満席になるほどの親子連れが集まりました。私たちはトップバッターでした。長男と共に、スーツに身を固めた私が舞台に上がると、ちょっとしたどよめきというか笑い声というかが聞こえました。

演奏は全くミスなく終わり、ピアノ前でお辞儀をすると、大きな拍手を受けました。座席に戻るまで、私は長男の頭を何度も撫でました。きっと大丈夫だろうと思っていたとはいえ、よくぞ多数の聴衆を前に動ぜず弾き切ったものだと感心しました。

もし私の伴奏をミスってしまって、長男に大きな恥をかかせてしまうことになったらどうしようか。むしろ私の心配はそっちだったので、私も大きく安堵して座席に戻りました。

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